史上初、選考委員全員が5点満点! アガサ・クリスティー賞大賞受賞作『同志少女よ、敵を撃て』。女性狙撃小隊の生と死の物語

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/10

同志少女よ、敵を撃て

著:
出版社:
早川書房
発売日:
同志少女よ、敵を撃て

 2021年下半期、注目の新人作家のデビュー作が登場する。

 11月17日(水)に発売になる小説『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)は、第11回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞。史上初、選考委員全員が満点を与えた逢坂冬馬氏のデビュー長編だ。

 本作は、第二次世界大戦中の独ソ戦が舞台。女性だけの狙撃小隊に配属された少女セラフィマを軸に、女性も男性とともに戦争の最前線で戦ったソ連兵士たちの生と死の物語が描かれる。

 凄惨な戦争の姿を描きながら、緻密に考え抜かれたプロット、人物造形、そして妥協なき考証とディテールと圧倒的なリーダビリティで、デビュー作ですでに完成されているとまで言われる本作。

 その作品世界の構築とアイデアの源泉について著者・逢坂冬馬氏に話を聞いた。

(取材・文・撮影=すずきたけし)

逢坂冬馬

――アガサ・クリスティー賞大賞受賞おめでとうございます。まずは、受賞について今のお気持ちを聞かせてください。

逢坂冬馬(以下、逢坂氏) 受賞してからまだ3か月ですが、その間にも改稿とゲラ直しがあり本当に疾風怒涛でした。実はまだ喜びを噛みしめている感じではなくて、これは現実なのか? と思っているうちにプルーフ(販売前に書店などに配布される見本)が出たりとか、初版の数字がどーんと公表されたりして、それが今は頭の上に圧し掛かっています(笑)。けれどもクリスティー賞の選考委員の北上次郎先生、鴻巣友季子先生、法月綸太郎先生、清水編集長(ミステリマガジン編集長)の皆さまの講評を聞くことができ、本当に細部まで読み込んでいただいたことに感謝しています。またプルーフを読んだ書店員の皆さんの感想や、すでに販売コーナーまで作っていただいている書店さんもあり、やっと喜びの実感が湧いてきたという感じですね。

――作品を応募するにあたってアガサ・クリスティー賞を選んだ理由はなんだったのでしょうか。

逢坂 月村了衛先生の「機龍警察」シリーズや小川一水先生の「天冥の標」シリーズ好きで全部読んでいまして、翻訳ではディーリア・オーエンズ先生の『ザリガニの鳴くところ』も好きですし、劉慈欣先生の『三体』なんて地球を征服しそうな勢いなんですが、そうした好きな小説を出している早川書房は、知的で興奮できてそして良識がある。この3つがそろった出版社のラインナップに自分の作品が並べられたらどんなにいいかと思っていました。

 また、アガサ・クリスティー賞はとても懐が深い賞で、この作品のように原稿用紙800枚までの長大な作品でもOKだよという賞はなかなかないし、ミステリーから冒険小説まで幅広いジャンルの作品を見てくれる賞もなかなかない。ですからクリスティー賞を獲りたかったですし、私の作品はクリスティー賞しかない、早川書房から本を出すんだという気持ちでした。

「クリスティー賞は懐が深いし、早川書房は応募作品をちゃんと読んでくれますよ」と、小説家志望の人たちに強く言いたいです(笑)。

同志少女よ、敵を撃て
イラストレーター雪下まゆによる装画

『同志少女よ、敵を撃て』の舞台、テーマ、設定について

――本作は第二次世界大戦でも凄惨を極めたと言われる独ソ戦、その中でも史実として実在した女性狙撃手を主人公にしています。これらを小説の舞台として執筆しようと思ったのはどのような理由でしょうか。

逢坂 ひとつにはまだ誰もやってなかったということです。すくなくとも独ソ戦のソ連側の女性狙撃兵を堂々とテーマにした小説を書いた人がいない。これはもう未踏の山に自分が登って旗を立てるような気分でした。

 もうひとつは、独ソ戦のイメージが日本では独特のゆがみ方をしているという気がしたんです。邪悪なドイツと野蛮なソ連が戦っていたという。なんでそうなったかというと、戦後西ドイツの将軍たちがナチスに責任を押しつけて自らを美化する回顧録などを出版し、冷戦構造下の日本ではこれらが比較的手に入りやすく、一方で東側のことは格好よく描きにくいという事情があったからです。この傾向はアメリカでも同様で、『同志少女よ~』でも舞台となるスターリングラードの戦いを描いた『スターリングラード』(01年、アメリカ)という映画では、ドイツの機関銃の防御陣地にわーっとソ連兵が突撃していくけど3人にひとりしか銃をもっていない。そして退却すると後ろから同じソ連の督戦隊(命令なしに退却した味方に対し強制的に戦闘を続けさせる任務の部隊)に撃たれるというシーンが冒頭にありました。ここには本当のところが一か所もない(笑)。

 市街戦はひと部屋ひと部屋をドイツ軍とソ連軍で奪い合うもので、守る側のソ連がドイツの陣地へ一斉突撃するのも変です。ソ連軍の兵器の充足率も全体的にはよかったし、一部で足りない部隊はあっても素手で突っ込ませはしない。督戦隊にしてもその主な任務は逃亡兵を捕まえて前線に送り返すことで、もちろん逃亡兵として処刑された人も大勢いますが、後ろからあんなに直接バリバリ撃ってたら、あっという間にスターリングラードは壊滅してしまう。このような雑な独ソ戦へのイメージをどうにかしなきゃという思いもありました。

 あとはソ連の女性兵士ですね。とくにフィクションで大きく取り上げられるものはほとんどない。そもそも女性兵士が登場した理由はなんだったんだろうというところから、今回のテーマを決めています。特に狙撃兵を選んだのはいくつか『同志少女よ~』でも説明している部分があるんですけれども、あらゆる兵科は現代戦の中では集団性によって匿名性を担保されている。しかしながら狙撃兵はそれができない。狙撃兵はかならず相手を見て、確認して、狙い撃ちにして殺して帰ってくる。それを実際にリュドミラ・パブリチェンコ(309人を射殺したソ連の女性狙撃兵)はやっていたわけです。そういった様々なことから独ソ戦と女性狙撃手は確実に小説のテーマたりうると思いました。

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――本書で印象的だったのが複雑な人物造形です。前半部分の少しキャラ小説のようなふるまいが、中盤以降一気に暗転していきます。純朴な少女であった主人公であるセラフィマには戦場を転戦していくことで精神的な変化が表れます。また狙撃小隊の仲間たち、赤軍(ソ連地上軍)の兵士たち、敵であるドイツ兵、セラフィマの仇である狙撃手イェーガーといった登場人物それぞれが複雑な感情を持ち合わせていました。彼らの造形について気を使ったことはありますか。

逢坂 一面的な人物というのはそもそも存在しないんだというのが持論としてありました。キャラ小説な味付けから暗転していくというのはものすごく意図的にやっていて、この小説はオープニングからかなり地獄絵図なんですが、このままこの地獄絵図が続いたらとてもじゃないが読めたものじゃない。そこでパンと明るくする転機が必要で、その役割がシャルロッタなんです。明らかに異質な設定なんですが、彼女がいるとポップな空気になるし、全体のノリが明るくなる。

 前半は訓練学校なので前線ではない。全体的に明るくてもおかしくないし、物語に入りやすくもなる。そういった小説の“読みやすさ”はかなり意識して設計しています。

 もうひとつはそこで人物に愛着を持ってもらうわけです。アヤというカザフ人や、主人公であるセラフィマも一度は日常パートを緩やかに描いて、そこからどう変化していくのかというのが戦争モノには意義がある。

 はじめはものすごく理想主義的で純朴な少女だったセラフィマが戦争でどんどん化け物っぽくなっていくんですが、それまでの彼女が純朴だった時代、訓練学校のころの価値観を丹念に描いていき、それが変わっていく。その変化こそが戦争の正体なんです。

人物の内面に迫るオーラルヒストリーの強み

――『同志少女よ~』の執筆にあたって多くの参考文献があげられています。なかには『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)や『兵士というもの: ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理』(みすず書房)、『イワンの戦争』(白水社)などがありました。これらに共通するのは聞き取りや録音によるオーラルヒストリーですが、本作を執筆される際にこれら戦争のオーラルヒストリーになにか思うところはあったのでしょうか。

逢坂 小説たるものディテール、人物の内面に迫らないといけないと考えていました。どうしても戦史系のものを中心に参考にしていくと、「ここに進撃して何万人が死んだ」といったものすごく俯瞰的な話になってしまう。もちろん小説の中でもそれはやっていますが、それだけだったら小説は成立しない。なにをもって個々の人物の内面に迫れるかといったら、オーラルヒストリーが必要になってきます。俯瞰的なスケールから人物に密着した視点まで縦横無尽に描いていますが、それも意図してやっていました。

『ドイツ国防軍兵士たちの100通の手紙』(河出書房新社)は作中にも引用していますが、普通のテンションの兵士の会話の中に明らかに大虐殺について触れている箇所があります。これらの会話には戦争で罪悪感を得なくなる段階がどういうところにあるのか、ということが隠されています。そういったものを読みとれるのがオーラルヒストリーの強みです。

――本書の執筆で参考にした本の中で、新たな驚きや発見はありましたか?

逢坂 『戦争は女の顔をしていない』の中で、前線でかわいい子馬を見かけて「スープにできる」と囁きあう兵士たちがいて、そこにいた新しい相方と一緒になった女性狙撃兵が兵士たちに見つかり「狙撃兵がいる。あの子たちが(子馬を)撃ってくれる」と言われるんです。その女性狙撃兵はしぶしぶ子馬を撃つんですが、相方の女の子が「子馬が可哀そう」と泣き始めて、「可哀そうなんて同情するのはドイツ軍を追い返してからにしてよ!」と相方の女性兵士に文句を言う、という妙にコミカルなエピソードが出てくるんですよ(同書P.56)。先ほどのドイツ兵の話のように日常の会話の中に虐殺の話が出たり、船を沈めたことを得意げに語る兵士など、人を殺したことを自慢げに語るのは個人でやるなら異常者ですけど、兵士という職業に就いて戦争に行くと変化が生まれて、たくさん人を殺したということを笑いながら話せる人間になってしまう。戦争によって内面が変化していくというのはとても参考になりました。

――多くの本を参考にされていますが、映像作品やゲームなどからも参照したのでしょうか。

逢坂 『コール・オブ・デューティ』とかやってそうですけど、実はゲームはほとんどやってないんです。映画は好きなのでよく参照しています。とくに押井守監督が好きで、監督からはどうやったら物語に強度が生まれるか、物語とキャラクターはどのような順番で作っていったらいいかなど勉強させていただきました。

 あと映画から学んだことといえば、映像を一回頭の中で作るというのがありました。先ほどの俯瞰的な視点と密着した視点を作るというのも、作中でスターリングラードの戦いが始まるときは、A軍集団がこっちいって、B軍集団があっちいって、こうなった、ああなったというのは、頭の中でそれぞれの配置の映像からぐっとカメラが寄って主人公たちがスターリングラードに向かう高速艇内にカメラが入っていく。向こうから兵士が逃げてきて、稜線から敵の戦車がやってくるなど、こういうのを一度脳内で映像化しておくと迷わないし、視点がブレない。

――押井守監督の作品でとくに好きな作品はありますか。

逢坂 『機動警察パトレイバー the Movie 2』ですね。あれを観たときはいろいろな前提が覆ったんです。邦画でこんなことができる。アニメでこんなことができる。続編でこんなことができるんだって、いろんな制約をぶっちぎってやっている。

 一昨日の30日から昨日の31日にかけて(このインタビューは11月1日に実施)押井守オールナイト(〈新文芸坐×アニメスタイルvol.132 押井守映画祭2021〉)に行って、押井監督の話を聞いて、夜通し映画を観てから投票(第49回衆議院議員総選挙)に行きました(笑)。

 実は押井監督の『血ぃともだち』という映画にエキストラとして私は出演もしているんですが、まったく映画の公開がされずに、そのあいだに職も変わり、小説家になってしまいましたけれども。

逢坂冬馬

押井守監督からの言葉

 今は終了してしまった押井監督のメルマガも読んでいたのですが、終了の一本前あたりの質問コーナーで「自分は小説家を目指しているけど、ずいぶん投稿を繰り返しているんだけど芽が出ません。自分としては小説を書くのが好きだから執筆の時間を長く取れるようプロになりたい。けど結果が伴わなかったら不安になります。最後になんでもいいから監督の言葉を聞かせてください」と送ったら、監督が答えてくれたんです。

「小説を書く時間を長くとりたいからプロになりたいというのは至極もっともだ。結果がでないから不安になる気持ちもわかる。しかしながらあなたが小説家になれるかどうかというのは、あなたの才能だけでなく、世の中の都合でもあるから、そこはリラックスして。私も空手の師に武道の才はないが、弟子としての才は十分にあると言われたくらいだから。けどあなたは10年間(小説を)書き続けてきたということはそういう環境があったということだから、応援してくれる家族かもしれないし、同僚かもしれないし、友だちかもしれない。そういう環境に感謝しながら、肩の力を抜いて奮励努力されたし」と言ってくれたんですね。これはすごく励みになりました。

――気が早いですが、次回作の構想はもうできていますか?

逢坂 いろいろあります。今回のクリスティー賞に応募する段階で次回作のプロットも書いています。挑戦したいテーマとしてはクルド人の戦いとか、テロだ戦争だという話も書きたいし、現代日本を舞台にも書きたい。なるべく早いうちに、淡々と次の作品を出していきたいですね。

――最後に、『同志少女よ、敵を撃て』に興味をもってくれた読者に一言を。

逢坂 あらすじだけを見ると難しそうでハードルが高い小説だと思われている方もいるかもしれません。けれども、この小説は読みやすい小説になるように設計して書いています。普段、戦争や暴力が出てくる小説が苦手という人にこそ読んでほしい。なぜなら「なぜ暴力を拒絶するのか」というテーマに本作は繋がっているからです。ぜひ気軽に手に取って読んでほしいと思います。

〈プロフィール〉
逢坂冬馬/1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。本書で、第11回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビュー。埼玉県在住。

逢坂冬馬

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