「大河ファンタジーを書きたかった」浅葉なつ新シリーズ始動!『神と王』が生まれるまで

文芸・カルチャー

更新日:2022/2/4

 他国に侵略され、滅亡した国・弓可留(ゆっかる)の若き歴史学者・慈空(じくう)。王太子から託された国の宝「弓の心臓」を守り抜こうとする彼の前に、それを狙う二人組の男が現れる――。

 累計200万部を超える大ベストセラー『神様の御用人』(KADOKAWA)シリーズの浅葉なつさんの、長年あたためていた作品『神と王』(文藝春秋)の第1巻がこのほど刊行された。「古事記」の世界観からインスピレーションを得た、壮大なスケールで展開される神話ファンタジーだ。新シリーズのはじまりを記念して、浅葉さんにお話をうかがった。

(取材・文=皆川ちか 撮影=内海裕之)

神と王
『神と王』(浅葉なつ/文藝春秋)

――滅亡した国の青年が、謎めいた男たちと手を組んで国の宝を奪還する……というストーリーにとてもわくわくしました。かなり以前から構想を練られていたそうですが。

浅葉なつ(以下、浅葉さん):もうずっと前から小野不由美さんの『十二国記』や、上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』のような大河ファンタジーを書いてみたいと思っていました。どうやったらこの二作と差別化でき、そしてたくさんの人が読んでくれるものを書くことができるだろう……と何年間も考えていました。『十二国記』でいうところの霊獣・麒麟に相当するような、作品世界の根幹となるアイテムを探していたんです。

――そうして見つかったのが、作中では「種(たね)」と表現される生き物のことですね。植物に影響与えたり、その一方で薬にも道具にもなったり、ふしぎな生きものです。

浅葉:いわゆる菌ですね。モチーフとしては粘菌や変形菌、地衣類などです。もっとも、これらは厳密に言うと菌ではありませんが。このヒントに出会ったのが4年前のことです。当時は『神様の御用人』がいよいよ佳境に入ってきて、いきなり2つのシリーズを同時に進行するのは難しいと感じたので、まずは『神様の御用人』の方をひと区切りつけてからだなと思っていました。

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――そうして2021年3月に『神様の御用人』が第10巻をもってひと区切りしたのち、いよいよこちらに着手されます。主人公の慈空をはじめ、魅力的な登場人物が続々と登場します。

浅葉:慈空はもう……良彦(『神様の御用人』の主人公のフリーター青年)みたいなポジションですよね(笑)。他のキャラたちと比べると格段に頼りない。でも、書きながら一番よく動いてくれました。物語内で一番変化する人物でもあります。岩佐ユウスケさん(*本書のイラストを担当)も慈空にとても思い入れをしてくださって、「あいつがあんなに強くなるなんて……」と、嬉しいご感想をいただきました。良彦や慈空のようなキャラクターが結局のところ、人の心を動かすのかもしれませんね。

――弓可留の宝を手に入れるため、大国・斯城(しき)から派遣された男・風天(ふうてん)はカッコいいに尽きます。帯イラストでも精彩を放っていますね。

浅葉:物語上で肝心な人物なのですが、最後までキャラが定まりませんでした。私はライト文芸をずっと書いてきて、今回文春文庫という一般文芸レーベルから出すにあたり、重厚な内容にしなければいけない、と自分のなかで思い込んでしまっていたみたいなんです。重みのあるキャラクターにしよう、と風天をつくっていったら、初稿ではただの嫌な人になっちゃいました。面白味がないし、つまらないし、彼が出てきても話が動かない。

――風天は自分のことをあまり語らない性格なので、そのぶん動いてくれないと困りますね。

浅葉:そうなんです。書きながら、彼が何を考えているのか分からなくて、これじゃあ読者の方はもっと分かりませんよね。これはいかん! と最後の最後で風天の性格を直して、今のかたちになりました。てこずった分、今は仲よくなれました。

――風天とコンビを組む日樹(ひつき)は、風天とはまた対照的に愛嬌のある好青年で、親しみやすい魅力があります。

浅葉:日樹は誰とでも仲よくなれる、いわば「コミュ力おばけ」ですね。物語における調整役であり、「弓の心臓」を守るため誰にも心を許せずにいた慈空の警戒心を解く役割を担っています。

――作品内には“杜人(とじん)”や“混ざり者”といった、人びとから忌み嫌われ、蔑まれている種族が登場します。自分の親しい人物が杜人であることを知った慈空が、その人から遠ざかろうとするくだりは、読んでいて居心地が悪くなりました。普段、自覚していない差別や偏見意識に気づかされるというか……。

浅葉:彼のそうした感情は、私たちにとっても思いあたるものだと思います。異世界を舞台にしていても、現実世界でありそうな事柄を反映させるのは手法のひとつですが、あまりそれを強調しすぎると、メッセージ性が強くなってしまうので、バランスには気をつけました。せっかくのファンタジー小説なので、あまり重くならず、現実では体験しえない世界とお話に浸ってほしいですし、それがファンタジーの醍醐味ですからね。

――作中には、さまざまな神の在りようが出てきます。慈空は国教である四神教を信仰し、彼の国を滅ぼした沈寧国は、他国の宗教を奪って自国のものにしています。「不知魚人(いさなびと)」というどこの国にも属さない行商集団の人びとは、特定の神を持ちません。物語全体が「神とはいったい何か」という問いを投げかけていると感じました。

浅葉:それは私にとって『神様の御用人』の頃から続いているテーマです。神様というのは本来、五穀豊穣や子孫繁栄などの、その地域全体に関する祈りや感謝を捧げる相手でした。「宝くじに当たれ」とか「受験に合格しますように」というような個人的な願いごとをする対象ではないんですよ、ということを知ってほしくて、あの作品を書きました。

――滅びた国、弓可留の王がまさにそういうことを語っていますね。自分の国の宗教には現世利益的な要素が組み込まれてしまって、本来の感謝すべき意味が失われている、と。王様の言葉なだけに考えさせられました。

浅葉:キャラクターそれぞれの性格や背景に沿った神への思いや、宗教観を書きました。私自身の考えを特定の人物に託したというより、神に対するさまざまな考え方を各キャラクターに割り振っていきました。なので、読者の方にとっても自分の考えと近いキャラクターが、ひとりくらい見つかるのではないかと思います。

――では、浅葉さんご自身にとっての「神」とは何でしょうか。

浅葉: 実は自分の中でその答えはすでに出ていまして……、それを含め、この物語で描いていきたいと考えています。もしかしたら長い旅になるかもしれませんが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。