古市憲寿が「都バス」から見つめた、現在の東京の姿。東京=“大田舎”説とは?

社会

2017/6/30

『大田舎・東京―都バスから見つけた日本―』(古市憲寿/文藝春秋)

 今では多くのバス路線が走る東京。しかし明治以降、東京の中心部では電車(路面電車含む)が発達したため、バスはあまり普及しなかったそうだ。ところが1923年9月1日に起こった関東大震災によって電車が運行できなくなり、復旧にはかなりの時間がかかるという理由から、東京市電(現在早稲田~三ノ輪橋間を走る都電荒川線を運営する東京都電車の前身)を管轄していた東京市は代行としてバスを導入、1924年1月に巣鴨~東京駅、中渋谷~東京駅の区間で市営バスの運行を開始した。これが「都営バス」のルーツだ。

 この約100年の歴史を誇る「都バス」の各系統の始発から終点まで乗車し、「ちょっと上から目線」に位置する車窓から街を眺めた記録をまとめたものが『大田舎・東京―都バスから見つけた日本―』(文藝春秋)だ。本書は雑誌『BRUTUS』での連載「地上2.3メートルからの東京。」に加筆修正し、新たに乗った路線や小池百合子東京都知事との対談なども収録されている。乗ったバスは100系統(都バスには全部で178系統 ※1 あるので半数以上だ)というから、その総移動距離は相当なものだ。

 子どものときはバスが大好きで、休日になると一日乗車券を購入して延々と都バスに乗っていたという著者の古市憲寿は「東京は“大都会”ではなく“大田舎”なのではないか」という仮説を立てて次々とバスに乗り、見開きに1路線というまとめ方で、社会学者としての視点から高齢化する地域や変わりゆく街並み、田舎と都会の境界、消えてしまった地名が残るバス停などについて記している。また本書は「過去」の上に現在があるという、普段あまり意識しない視点からも東京を浮き彫りにする。

 本書を読んでいて意外に感じたのは、都営バスは山手線の内側と東京東部の路線がとても多い(都営バスの路線図「みんくるガイド」を見ると一目瞭然だ)ということだった。確かに東京の西側には多くの私鉄が走っており、その沿線には小田急、東急、京王、西武、東武、京急といった電鉄系のバス路線がある(京成だけは東側がメインだ)。

 実はこれには戦争の影響がある。1938年に制定された陸上交通事業調整法によって事業者の調整が行われ(すべての力を戦力に向けるため無駄を省き、統制の取れた事業遂行が求められた)、東京では山手線のほぼ内側を含む都心を帝都高速度交通営団(現在の東京メトロ)と東京都、それ以外の西南部を東急、西北部を西武、北東部を東武、南東部を京成という4つの私鉄にバスを含めて統合する方向づけがなされ、これが現在も続いているのだ。

 そしてもうひとつ感じたのは、東京はなかなか「海」へアクセスするのが難しいということだ。東京ではほとんどの海岸線は埋め立てられ、そこには倉庫や工場などが立ち並んでおり、浜辺として存在している場所がとても少ない。しかしそんな忘れられたような海岸線へアクセスできるのも都バスの醍醐味であることは発見であったし、1996年に開催予定だった「世界都市博覧会」が当時の都知事であった青島幸男によって中止されたことで開発が止まり、荒涼とした風景が広がっていた頃のような懐かしの湾岸地域を見に行きたくなった。

 東京とはそもそも人工的に作られた都市であり、今もスクラップ・アンド・ビルドを繰り返し、海を埋め立てながらどんどん広がっている。しかも今は2020年に開催される予定の東京オリンピックに向けて大変貌を遂げている最中で(もし都市博を開催していたらどうなっていたんだろう?)、それによって消えていく建物や風景、場所もたくさんある。東京が田舎である理由は「おわりに 大田舎・東京」で詳しくまとめられているが、そのあとの「あとがき」と奥付に、すでに過去のことになってしまった東京オリンピックをめぐる“ある騒動”に関する記述を見つけ、やはり東京は大田舎なのではないかとの思いを強くした。

文=成田全(ナリタタモツ)

(※1)2017年4月現在(「あとがき」より)
参考文献『日本のバス 100余年のあゆみとこれから』(鈴木文彦/鉄道ジャーナル社、成美堂出版)▶レビューはこちら