伊坂幸太郎の傑作がブラッド・ピット主演で映画化! 疾走する新幹線内で繰り広げられる、殺し屋達のノンストップエンターテインメント

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/27

マリアビートル
マリアビートル』(伊坂幸太郎/KADOKAWA)

 伊坂幸太郎氏屈指の人気小説『マリアビートル』(KADOKAWA)。新幹線に乗り合わせた殺し屋たちの任務と因縁が交錯するこの物語の英語版が今年、英国推理作家協会が優れた推理小説に贈るダガー賞の最終候補に選出された。さらにはブラッド・ピットを主演に据えて『デッドプール2』のデヴィッド・リーチ監督がこの作品をハリウッド映画化。「ブレット・トレイン」(原題:BULLET TRAIN)というタイトルで日本でも9月に劇場公開される予定となっている。

 海外の人の心をも惹きつける『マリアビートル』の世界。まだこの小説を読んだことがないという人は、映画化でこれからますます話題になるに違いないこのタイミングで手にとってみてはいかがだろうか。疾走する新幹線の中で繰り広げられる殺し屋たちの騒動はとにかく刺激的。ノンストップで繰り広げられる驚きの展開にページをめくる手が止められなくなってしまう。

 物語の舞台は、東京発、盛岡着の東北新幹線・はやて。なぜかこの新幹線には、物騒な人間ばかりが集結する。見た目は見るからに健全な優等生然としているが、サイコパスとしか呼べないような邪悪な心を隠し持つ中学生・王子。幼い息子を王子にスーパーの屋上から突き落とされ、その仇討ちを企てる、酒びたりの元殺し屋・木村。闇社会の大物・峯岸から密命を受け、誘拐された峯岸の息子を奪還し、身代金が入ったトランクとともに、息子を峯岸のもとまで送り届けようとする2人組の殺し屋・蜜柑と檸檬。そして、「車内のどこかにあるトランクを盗み出すだけ」という簡単なはずの仕事を請け負うも、とにかく運が悪く、やること為すことツキに見放されている気弱な殺し屋・天道虫こと、七尾…。狙う者と狙われる者が交錯する車内では、あらゆる事件が多発し、殺し屋たちは大混乱。それでも、彼らはそれぞれの目的を果たすべく、攻防を繰り広げていく。

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 伊坂が描く殺し屋たちは個性的。どこか人間らしさがあって、憎めない人物ばかりだ。中でも一番印象的なのは、とことん不運な殺し屋・七尾だろう。トランクを盗み出してすぐに新幹線を降りるはずが、下車するタイミングで因縁の相手と出くわしてしまい、下車に失敗。さらに次の駅で降りようとした時には、どういう訳だかトランクを紛失してしまう。残念なことばかりが続く七尾には誰だって同情してしまうのではないだろうか。また、蜜柑と檸檬の2人組も面白い。双子に間違われるほど、見た目は似ているようだが、性格は正反対。機関車トーマスが好きでなんでもかんでもトーマスでたとえてくる檸檬と、文学好きの蜜柑。2人の洒脱な会話はなんだかクセになり、いつまでもみていたくなってしまう。

 そんな愛らしい殺し屋たちが描かれるからこそ、サイコパスじみた中学生・王子の邪悪さには寒気すら感じる。王子は、自身への復讐のために新幹線に乗り込んだ木村をいともたやすく拘束。入院中の木村の息子を人質に、彼を脅し始める。圧倒的な知識と独自のネットワークを駆使し、大人を翻弄することに快感を覚える姿には嫌悪感さえ抱かされる。数々の非道なことを行う王子にどうかバチが当たればいいと思わず願ってしまうのは私だけではないはずだ。

 世界が魅了されたのも納得。密室空間で繰り広げられる殺し屋たちの攻防から目が離せなくなる。そして、張り巡らせた伏線が次々と回収され、終盤には爽快な大逆転が。「ハリウッド映画ではどう描かれたのだろうか」とつい映画での展開も気になって仕方がない。あなたも、この愛すべき殺し屋たちのバトルをぜひとも見届けてほしい。独特のユーモアが詰まった伊坂ワールドは、やはり私たちに至高のエンターテインメントを提供してくれる。

文=アサトーミナミ

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