かりそめの家族が寄り添う、美味しいカレーと珈琲が魅力のシェアハウス『鎌倉駅徒歩8分、空室あり』

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/1

鎌倉駅徒歩8分、空室あり
鎌倉駅徒歩8分、空室あり』(越智月子/幻冬舎)

 ドラマや映画で目にしたことはあるが、シェアハウスなるものに住んだことは一度もない。賑やかな雰囲気に漠然とした憧れはあるものの、元来ひとりの空間を好む性質で、現在も古いアパートの一室に暮らしている。しかし、越智月子氏の著書『鎌倉駅徒歩8分、空室あり』(幻冬舎)を読んで、その考えが覆った。

 父の死後、ひとりで「おうちカフェ」を営んでいた香良のもとに、離婚した友人・三樹子が転がり込み「ここでシェアハウスをやろう」と言い出すところから物語は幕を開ける。人付き合いが苦手な香良は、友人の申し出を一旦は断るが、三樹子の勢いある行動力はとどまるところを知らない。気付けば、「おうちカフェ」には4人の住人が集まっていた。住人の年齢や性格はバラバラ。唯一の共通項は、全員が「訳あり」で、何かしらの痛みを抱えていたことだった。

“みんなそれぞれ他人に触ってほしくない部分ってあると思うの。”

 作中で、香良が静かにそう語る場面がある。そんな香良自身も、癒えない古傷を密かに隠し持っているひとりだった。

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 誰しも大なり小なり、痛かった過去や、人に知られたくない秘密を胸の内に抱えている。そういった類のものは、「家族だから分かり合える」とは限らない。むしろ、「家族だからこそ分かり合えない」ケースも多々ある。そんな時、赤の他人が心の拠り所となってくれる場合は、存外多い。

 本書には、不器用な住人同士の温かでさりげない交流が、随所にちりばめられている。だが、もちろん“いい時”ばかりではない。知らぬ者同士が集まれば、諍いが起きることもある。「人と一緒に住む」というのは、家族であれ他人であれ、面倒くさいものなのだ。さもない理由から諍いが起き、感情の波に振り回され、後悔するもすぐには素直になれず、周回遅れで「ごめんね」を伝える。本書は、その一連の流れをあえてドラマチックにせず、淡々とリアリティのある温度で描いている。

 タイトルにある通り、物語の舞台は古都鎌倉。紫陽花の名所である長谷寺、夕日の美しい由比ヶ浜、「鎌倉の守り神」といわれる鶴岡八幡宮も登場する。しかし、私が本書でもっとも惹かれたのは、「おうちカフェ」の庭の風景だった。百日紅の花、大きなケヤキの木、青花の紫陽花、庭に現れる野生のリスや野鳥。大正時代に建てられた洋館にしっくり馴染む広い庭で、香良が淹れたとっておきの珈琲を楽しむ。そんな朝の情景を読みながら、気付けば口元も心も緩んでいた。

 土曜日の賄いメニューであるカレーの描写にも、大いに心を奪われた。住人達のリクエストや心情に合わせて、香良は様々なカレーを作る。また、住人が台所に立ち、カレーを作る場面もあった。カレーには各家庭の味があり、そこにはもれなく思い出も付随している。思い出ごと食すカレーは、目に見えないスパイスの効果で、より味わい深くなる。

 血のつながりも、先の約束もない。そんなかりそめの家族は、一見すると不安定で心許なく思える。しかし、互いに縛るもののない関係だからこそ、寄り添えることもある。

 美味しいカレーと珈琲と、情緒あふれる庭。押し付けがましくない店主と、個性豊かな住人達。鎌倉駅徒歩8分、「おうちカフェ」に空室が出たら、私は迷わず、その扉を叩くだろう。

文=碧月はる

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