生きることは難しい。けれど人間には仲間がいる――いとうせいこうが「国境なき医師団」の活動に同行しとらえた、「世界の今」と「人間の希望」

社会

2017/12/3

『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう/講談社)

 あなたは「国境なき医師団」について、どんなイメージを持っているだろうか? おそらく多くの人は“紛争地帯で医療活動を行う国際的人道組織”と、なんとなくとらえているくらいだろうか。このほど出版された、作家・クリエーターであるいとうせいこう氏の新刊『「国境なき医師団」を見に行く』(講談社)は、彼らが活動する世界のリアルな実情を紹介すると共に、なぜ自ら「困難な地域」に率先して出向くのか、彼らを駆り立てるものは何か、そして私たちに何ができるのか? という問いにヒントをくれる一冊だ。

 国境なき医師団(MEDECINS SANS FRONTIERES=以下MSF)は、1971年にフランスで発足し、紛争や自然災害の被害者、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人々の緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的とした民間・非営利の国際団体だ。現在、世界各地に29の事務局を設置し、約70の国と地域で活動を行っている。実は日本にも1992年に事務所が開設され、これまで107人のスタッフを各地に派遣してきた実績があるという。

 今回、たまたまMSFに個人的な寄付をしていたことから団から取材を受けた著者が、あまりにも彼らの現状が知られていないこと、自らも知らないことに驚き、逆取材を申し出、Yahoo!ニュースの不定期連載として取材ルポが実現。本書はそれをまとめた社会派エッセイとなっている。

 著者が訪れたのは2010年の大地震の被害が未だに尾を引くハイチ、中東・アフリカからすさまじい勢いで難民が押し寄せるギリシャ、大都市のど真ん中に広がるフィリピンのスラム、南スーダンから逃げて来た人々の広大な難民キャンプが広がるウガンダ。いずれの国でもMSFは現地のニーズを的確に把握し、医師・看護師・ロジスティクスなどメンテナンス系スタッフが一丸となり、問題解決に熱心に取り組んでいる…と説明するのは簡単だが、いずれの現場も平和な日本社会に住む身には想像を超える「過酷」な状況にある。著者はそうした現実に「何も知らなかった」と打ちのめされるが、それは読み手の私たちも同じことだ。大半の人は世界で起こっているとんでもない現実を、ニュース的な情報として知ってはいても、理解していたとはとてもいえないだろう。

 だが、世界には、その困難に共感し、現状をなんとかしようと奮闘するMSFの人々がいる。悲惨さに「絶望」を感じても、それでも自分たちのミッションに全力で取り組み、前に進み続ける彼らがいる。だからこそ、組織が動き、確実に誰かが救われている。そのシンプルなダイナミズムを知れば知るほど畏敬の念がわく。と同時に世界の悲惨さを他人事として見過ごしていいのか、日本人の内向志向を問われるような気持ちにもさせられるのだ。

 実際、著者は作家的な視点で問い続ける。この過酷な現実を見つめる自分は「何者」なのか。さまざまな困難を目の前にして、どう自分は対処したらいいのか。「知らせる」ことが目的とはいえ傍観者であることは「偽善」ではないのか…ざまざまに吐露される正直なとまどいの数々。そして「明日、俺らが彼ら(難民や被災者)のようになっても不思議ではない。だからこそMSFのスタッフは彼らを大切にするのだ。スタッフの持つ深い“敬意”は、“たまたま彼らだった”私の苦難へ頭を垂れる態度だ」という気づきも含め、すべてが私たち自身にもつきささる。そのように、困難を抱えた人々に共感する想像力を持つことが第一歩となる。

 この本で「知る」ことは大事だ。そして、同時代の同じ地球に存在する者としてどう生きるのか、逃げずに考えていきたいと思うのだ。

文=荒井理恵