不倫解消の代償が「彼の左腕」だったら…ヒリヒリする短編小説集

文芸・カルチャー

2018/3/31

『くちなし』(彩瀬まる/文藝春秋)

 本書『くちなし』(彩瀬まる/文藝春秋)には7編の短編小説が収録されている。表題作「くちなし」のほか「花虫」「愛のスカート」「けだものたち」「薄布」「山の同窓会」の計6編は、『別冊文藝春秋』(2015年7月号~2017年7月号に収録)が初出で、1編「茄子とゴーヤ」が新たに書き下ろしされた。第158回直木賞候補にもなった本作は、惜しくも受賞は逃したが、不思議で幻想的な設定とその繊細な描写は、読む人に深い印象を残したのではないか。

 彩瀬まるさんは1986年千葉県生まれ。2010年、『花に眩む』で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞して、24歳でデビュー。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『桜の下で待っている』『朝が来るまでそばにいる』など。ノンフィクション作品として、東日本大震災に遭遇した時のことを描いたものもある。2018年でも30代前半ということで、ますます精力的な仕事が期待される。

 ここでは、表題作「くちなし」について、少しツッコんでみたい。

 主人公はユマ。アラサーの独身女性。10年にわたり「アツタさん」と不倫関係を続けていたが、別れを告げられる。代償としてもらったのは、なんと彼の左腕。彼が自らの腕をちぎって外す。そのシーンの描写はまさにグロテスクだ。

 エエーッ?! 猟奇的な事件?!……不条理……だが、あくまで作品の設定。

 ユマはしばらく腕と快適に暮らす。日中は、窓辺に置いた花瓶に新鮮な水を張ってそこに活けておけばいい。一緒に風呂に入りすみずみまできれいにし、クリームを塗り、香水を一吹き。コートの下の腰に巻き付け、「アツタさん」との思い出に浸る。

 しかし、ある日「アツタさん」の妻がユマのもとに直接来て、状況は一変。結婚式で、貞節を守る=お互いを捧げると誓い、「あの人の体は、指の先まで私のものよ」と主張しだし、結局、もらったパーツの腕は、妻に取り戻される。かわりにユマは妻の左腕と暮らすことになる。ともに暮らす、取り外した体の主を、不倫相手(男)からその妻に変更、というややこしいことに。が、意外にもユマは心地よい毎日を送る。このままでもいいのかも? とさえ思うが、妻はユマの前に再びあらわれる。

 くちなしは、ユマの近所の公園にあり、「アツタさん」の妻が気に入っていた植物。成長著しく、次々と官能的な白い花を咲かせている。妻は、愛する夫に這い回る、醜い下品な生き物(ユマか?)を見つけ、つかまえた! と言う。これから家族としてやり直すために、そのくちなしを挿し木して根付かせた、とも、嬉々として語る。ユマは、もらいうけていた妻の左腕への執着を急に失い、妻に返す。夫と一体だという妻の体内を這い回っていた醜くて下品な生き物と、自分の中に這う生き物とはどちらの方が醜いのだろうか? と考えながら……。

「不倫発覚!」などの文言が、週刊誌やネットニュースにセンセーショナルに飛び交う今日この頃。さて醜いのは、不倫する側か、される側なのか?

「体のパーツを取り外すなんて、こんなのあり?!」と思いつつ、もし、これが生身の腕じゃなくて、恋人が着ていたTシャツだったら……などと、ふと物語の設定に入り込む自分を感じてしまった。

 収録作品はそれぞれ設定も異なり、平均して評するのは難しいが、全体的には、「イタイ」「ヒリヒリする」短編小説集。繊細で丁寧な描写で、心の奥がズンと痛くなる、濃厚な7編だ。

文=久松有紗子