警察小説の第一人者・横山秀夫×『13・67』陳浩基トークイベントレポ

文芸・カルチャー

更新日:2018/4/10

 3月10日、華文ミステリー『13・67』で激動の香港現代史を背景に敏腕刑事の活躍を描いた陳浩基さんと『64』など数多くの警察小説の傑作で知られる横山秀夫さんのトークイベントが東京・丸善丸の内本店で開催された。

「実は作家と対談するのは初めてで、今とてもあがっています」と観客を笑わせた横山さんは『13・67』について、「さまざまな小説の要素が非常に高い部分で融合されていて、読者としてよりも実作者としての驚きが大きかった。というのも、私はデビュー作以来、ミステリーと心理劇をどう融合させるかをずっと考えてきていて、それがいまだに最大の難関なんです。下手をするとミステリーとしての構造が物語の自由度を狭めたり、リアリティを壊してしまうことがある。『13・67』は香港現代史を背景にした刑事の物語として筋を通しつつ、ゴリゴリのミステリーを配合してきた勇気と意志の強さに感服しました」と絶賛。

 すでに陳さんとは、昨年11月に香港で開催された「香港国際文学フェスティバル」で顔を合わせていたとのことで「もっと硬派で怖い感じの人だと思っていた。私もよくそう思われるみたいだけど(笑)。すごく人当たりがよくて柔軟な考えを持った方ですっかりファンになってしまいました」と、その第一印象を話した。

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 一方、翻訳された横山秀夫作品の愛読者だったという陳浩基はその影響を次のように語った。

「横山さんの作品を初めて読んだのは10年ほど前、『第三の時効』でした。しっかりとしたトリックのある本格的なミステリーでありながら、 同時に”人間”が書かれていることをとても面白く感じ、“連作短編”という形式にも影響を受けたように思います。『陰の季節』はとても思いつかないようなトリックと意外な展開に驚かされましたし、『64』のように数多くの登場人物のドラマを丁寧に描いていく手法はすごく参考になりました」

 陳さんは本格ミステリーの大ファンとのことだが、映像作品にも強く影響を受けているそう。『13・67』の主人公コンビ、クワンとローについては、「『セブン』や『リーサル・ウェポン』などコンビものを参考にしたところがあります。日本の『相棒』は残念ながら見たことがないのですが(笑)。『踊る大捜査線』は大好きで、変わっていく時代背景のなかで年長者から若者への継承というテーマが共通しています」という、ちょっと意外な裏話も明かした。ちなみに日本のミステリー映画では『獄門島』が大好きだそうで、「作品全体の時代感のある雰囲気、キャラクター、物語が完成されていて、トリックも素晴らしい。何より金田一耕助がかっこいいですね。ネタバレしてはいけないのであまり話せませんが(笑)」と愛を覗かせ、横山さんに「古典も古典の『獄門島』のネタバレを気にするなんて本格ミステリー愛がすごすぎる」と突っ込まれる一幕も。

 横山さんは警察小説というジャンルで“組織”を書くことについて「自分も新聞社という組織に12年間勤めて、小説家を目指して辞めてから、個人と組織との関係、組織の功罪を改めて考えるようになりました。組織を離れても、国というものが、そもそも強大な組織であって、そのしきたりやしがらみからは誰も逃れられない。そう認めたうえで、ならば自分はそこでどう生きるか、どう生きたいか、が切実な問題になり、自然と小説のテーマになったんですね。警察も他の組織と同じでさまざまな種類の人間が分布していますが、やはり厳格な階級社会の中で長いこと“皮膚呼吸”を続けていると、一つの傾向というか他との違いが生じてくる。その違いが何なのか見極めることが、すなわち一つの組織なり業界なりを定義することになる」と話した。

 その結果というべきか、「警察の人間はすぐに見分けられるようになった」という横山さん。「短パン姿でデパートの屋上で子供にアイスを買ってあげているような非番の警察でもわかります。チェックポイントはいくつもありますが、一番は“無敵の眼差し”ですね。その場にいるのは彼ひとりなのにひとりじゃない。29万人を擁する“警察一家”に裏打ちされた組織の眼差しとでもいうか。サイン会に来てくれる人もいて、『警察の方ですね』と言い当てると驚かれます(笑)」と、作家ならではの観察眼をうかがわせるエピソードで会場を沸かせた。

 昨年の「香港国際文学フェスティバル」のパーティーで「いろいろな話を聞かせてもらった」(陳さん)と、ふたりはすっかり意気投合したそうで、今回のトークイベントも終始和やかな雰囲気で進み、さまざまな話題で盛り上がる充実したものとなった。

取材・文=橋富政彦 撮影=文藝春秋