動乱期に結ばれた男女の運命は…? 明治維新150年、実にドラマチックな「宮古湾海戦」秘話

文芸・カルチャー

2018/4/14

『鍬ヶ崎心中』(平谷美樹/小学館)

 明治新政府軍と旧幕府軍が、日本各地で激戦をくり広げた戊辰戦争。上野、会津、箱館などにおける激戦はたびたびフィクションにも取り上げられ、多くの人の知るところとなっています。しかし明治2年3月25日に岩手県宮古湾で両軍の軍艦がぶつかった「宮古湾海戦」については、あまり知られていないのではないでしょうか?

 と、えらそうなことを書いていますがわたし自身もほんの10日前まで、この海戦に関する知識や関心をほとんど持っていませんでした(母方のルーツが宮古であるにもかかわらず)。それを変えるきっかけとなったのは、作家・平谷美樹さんが3月に上梓した時代小説『鍬ヶ崎心中』(平谷美樹/小学館)との出会いでした。

 明治元年、陸奥国盛岡藩の閉伊郡宮古通鍬ヶ崎村(現代の岩手県宮古市)。太平洋に面した小さな港町で、2人の男女が出会いを果たします。女の名は千代菊。東雲楼という女郎屋で体を売りながら、年季が明けるのを待ち続けている数え年26になる遊女です。男の名は七戸和麿(かずま)。会津戦争で右足に大怪我を負った、元盛岡藩士の青年でした。

 旧幕府軍のリーダー・榎本武揚に連れられ鍬ヶ崎に現れた和麿は、官軍の動きを探るため、東雲楼の3階に設けられた隠し部屋に身を寄せることになります。その話を聞いた千代菊は、自らを(強引な駆け引きの末に)身請けさせ、和麿と暮らしはじめました。

 仲間に見捨てられたという悔しさを抱えながら、戦闘に備えてその港町の絵図作りに没頭していく和麿。初めはただ自由を得るために、和麿との生活を選んだ千代菊でしたが、その胸に秘めた孤独と悲しみを理解するうちに、少しずつ異性として惹かれていくようになります。

 ネタバレを避けるためこれ以上のあらすじ紹介は差し控えますが、物語中盤で語られる和麿の過去がひとつの読みどころ。背景にあるのは明治維新の悲劇を凝縮したかのような、会津での戦争です。生還した和麿を今も苦しめているのは何なのか。その正体が明らかになったとき、読者はきっと千代菊とともに、和麿に手を差し伸べたくなっているに違いありません。

 近づいていく千代菊と和麿の距離。ふたりの暮らす隠し部屋にもつかの間、平穏な日々が訪れます。もちろんそれは嵐の前の静けさですが、だからこそ幸せそうな千代菊の姿が、しみじみと胸に迫ります。和麿は自分の人生に決着をつけることができるのか。千代菊の切ない恋心は報われるのか。その答えはぜひ、本編で確かめてみてください。史料を駆使して再現された海戦シーンも迫力満点です。

 明治維新150周年となる今年、関連出版物や映像作品が相次いでいます。その多くは時代を動かした偉人たちにスポットを当てていますが、この『鍬ヶ崎心中』はスタンスが違います。主人公の千代菊と和麿はわたしたちと変わらない、地位や名声とは無縁の普通の人たちです。岩手出身の著者が本作に込めたのは、郷土への尽きせぬ愛と、その土地で生まれ死んでいった名もなき者たちへの深い共感なのではないでしょうか。

「二〇一一年。鍬ヶ崎の町は津波に呑まれました。現在、新しい町が造られつつあります」

 巻末にさりげなく付されたこの文章からも、著者の思いが伝わってくるようです。

 平谷さんはミステリからキャラノベ系まで、さまざまなタイプの時代小説を上梓しています。なかでも本書『鍬ヶ崎心中』は“今これを書き記しておきたい”という決意が感じられる渾身の長編です。宮古湾海戦をドラマチックに力強く描いた本作が、多くの時代小説ファンに届くことを祈ってやみません。

文=朝宮運河