「私から逃げてください…」ストーカーがやめられない加害者の心理とは?

社会

公開日:2018/7/17

『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(田淵俊彦・NNNドキュメント取材班/河出書房新社)

 2018年6月24日、テレビやネットでは菊池桃子氏が同じ犯人から2度目のストーカー被害を受けたとのニュースが飛び交った。芸能人のこうしたストーカー被害は特異な問題のように見えるため、自分には関係がないと思う人も多いだろう。しかし、ストーカー問題は私たちが考えているよりも実はずっと身近なものであり、刑罰を厳しくするだけでは、抑制できない根深さがある。それを感じさせてくれるのが、ストーカー加害者の心理にスポットを当てた『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(田淵俊彦・NNNドキュメント取材班/河出書房新社)である。本書で田淵氏は実際に加害者へ取材を行い、今まで注目を浴びる機会が少なかった加害者心理に迫っている。

 近年はストーカーが凶悪事件の引き金になることも多く、法律でもストーカー行為が裁かれやすくなってきている。しかし、ストーカー行為は増え続けており、加害者はストーカー行為をやめようとしていない。

 平成26年度に警察庁生活安全局が発表した「ストーカー事案および配偶者からの暴力事案等の対応状況」によれば、ストーカーの被害は年々増加傾向にあり、2014年には前年度より8.2%増の2万2823件にものぼった。これは、ストーカー規制法が施行されても加害行為が止まっていないことを意味している。こうした現状には、一体どんな背景が隠されているのだろうか。

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■私から逃げてくださいと願うストーカー加害者

 本書の中で田淵氏は、NPOヒューマニティの理事長としてストーカーやDVといったハラスメント問題の被害者と加害者に心のケアを行っている小早川明子氏の協力のもと、3人のストーカー加害者と接触し、彼らの心に迫っている。

 そんな取材記録の中で筆者が最も印象的だったのが、加害者自身もストーカーを行ってしまう自分自身に苦しめられており、法律のみでストーカー行為を減らすことが難しいという事実だった。

 例えば、付き合っていた既婚者男性に大量の嫌がらせメールを送り、脅しの電話をかけ続けた40代女性の佐藤さんは今回の取材にあたり、当時自分が彼に送ったメールを読み返して、その時の状況を思い出しながら文章を書き綴った。すると、そこには加害者らしからぬ、意外な言葉がしたためられていた。

上手に逃げてほしい。上手に逃げてくれれば追わない。それがやっとわかってきた。「逃げてくれ」と相手に願うなと他人は思うだろうけれども、これはどうしてもお願いするしかないのです。私から逃げてください……。

 自分が追いかけている相手に「逃げてほしい」と願う佐藤さんの言葉からはストーカー加害者が抱えている心の闇が垣間見られる。そして、こうした矛盾する想いを抱いていたのは、佐藤さんだけではなかった。

 自らが“先生”と呼ぶ芸術家の男性に執拗にメールを送り続け、自宅を訪れたことでストーカー規制法違反の警告を受けた上田さん(30代女性)も、やめたくてもやめられない自分の加害者感情に苦しんできた。

苦しくなって、我慢の限界みたいになって。例えば、その人にメールをしないことが、息を止めてどれだけ水に潜っていられるかみたいな気持ちになるんです

 2人は自分がストーカー行為を認識しながら止めることができない。そのため、法でいくら罰を与えても被害の抑制にはつながらないのだ。では、ストーカー加害者を減らすにはどうしたらよいのか。その答えを田淵氏は警察だけにストーカー問題を任せないことだと結論付けている。

 ストーカー加害者は自力ではやめられない状況に陥ってしまっていることが多く、その裏にはさまざまな事情や生い立ち、その時の感情なども絡んでいる。だからこそ、警察や司法、医療が連携し、適切な対処を行っていくことが大切なのだ。彼らがなぜ、罪を犯してしまうのかを考えることは、被害者を助けることに繋がっていくのだ。

■若者の間でストーカーはより身近な問題に

 10年以上に亘り、ストーカーやDVの加害者と向き合ってきた民間団体アウェアの吉祥眞佐緒氏は本書の中でデートDVを例に挙げ、若者たちの間にはストーカー予備軍が多く潜んでいると指摘している。デートDVとは結婚も同居もしていない若者たちの間で起こる、親密な関係の人への身体的・精神的暴力のことだ。

 現代の若者の間では束縛されることが愛情の証だという考えが固定化されてきているため、ストーカー予備軍が生れやすいのだ。実際に、筆者の周りでもそうした話は多い。

 ある女友達は彼氏と連絡が取れないと不安になり、数分の間に何十回も電話を掛けたり、家に車があるか見に行ったりすると話していた。そして、別の友人は「思い出を共有したい」と話し、GPS機能が付いた写真共有アプリを彼氏にダウンロードさせている。もちろん、GPS機能が付いていることを内緒にしながらだ。

 こうした話を女子会で笑いながら話す彼女たちを見ていると、愛情と狂気は紙一重なのかもしれないと感じる。彼女たちは「お互いが思い合っていれば、ストーカー行為にはならない」と語ってはいたが、本当にそうなのだろうか。

 ストーカーは一見、自分には関係がない犯罪のように思えるが、実はその境界線は曖昧だ。SNSが盛んな現代は人との距離感が簡単に詰められるからこそ、愛情と執着を間違えず、境界線を越えないように心がけていきたいものだ。

文=古川諭香