植物に一生を捧げる!? 三浦しをんが描く新しい“愛”のかたち

文芸・カルチャー

2018/9/22

『愛なき世界』(三浦しをん/中央公論新社)

 三浦しをんさんの新作『愛なき世界』(中央公論新社)、タイトルが意味するのは植物のことだ。脳や神経のない植物には、思考や感情がない。つまり人間が言うところの“愛”という概念がない。

「それでも旺盛に繁殖し、多様な形態を持ち、環境に適応して、地球のあちこちで生きている。不思議だと思いませんか?」と主人公である料理人の藤丸くんが恋したT大院生の本村さんは言う。「だから私は、植物を選びました。愛のない世界を生きる植物の研究に、すべてを捧げると決めています。だれともつきあうことはできないし、しないのです」。と、物語の早々でフラれてしまう藤丸くん。

 けれど、働いている洋食屋の出前を研究室にたびたび届けることで、本村さんとの交流は続く。植物のことはわからないけれど、確固たる信念で研究に情熱をそそぐ彼女の姿に藤丸くんはますます惹かれ、興味深く話を聞いてくれる彼の人となりに、本村さんもまた好感を抱いていく。研究者気質&料理人のカップルといえば『舟を編む』(三浦しをん/光文社)の馬締と香具矢を思い出す人もいるだろうが、彼らのように畑違いの2人が恋を育んでいく話なのかと思いきや……そうはいかないのがこの作品、最大の魅力である。

 多様性、という言葉が頻繁に叫ばれる昨今だが、それでも「恋愛・結婚はするもの」という固定観念はどうしてもぬぐえない。趣味や仕事が楽しすぎて恋愛しているひまがない、と言って、さみしい人として認定されてしまうこともまだ少なくはないだろう。本当に好きな人に出会えば変わるよ、なんて余計なお世話なアドバイスをしてくる人だっている。すでに最大級の「好き」に出会ってしまったからこそだというのに。

 “好き”の形も対象も人それぞれだ。本村さんの場合は植物、とりわけシロイヌナズナだった。同じ研究室の加藤くんの場合は、サボテン。研究室の面々は、指導教官の松田教授をはじめ植物学に夢中だ。そして藤丸くんは、料理。みんなそれぞれ、自分だけの道を追求している。その真摯でストイックな姿は、これまで三浦さんが描いてきたどの作品とも共通して美しく、そして読者にまるでなじみのないマニアックさを発揮しても、もっと知りたいと思わせる躍動したきらめきに満ちている。形も対象もそれぞれ、とは書いたけれど、藤丸くんと接するうちに本村さんが「なにかを追求しているひとは、分野はちがっても見える景色に通じるものがある」と気づいたように、異なる愛が交錯する瞬間も必ずある。

 もちろん結婚・恋愛が悪いわけではないし、研究室には、本村さんのように研究だけに人生を捧げる決断ができず、恋人との関係に悩む人も描かれる。藤丸くんだって、料理人道を邁進するからといって、恋をあきらめるつもりはないし(だから本村さんにも告白した)、本村さん自身、藤丸くんが得難い存在だと気づいて揺れ動く。けれど、人生のすべてを費やしても足りない植物という愛の対象を、本村さんは見つけてしまったから。

 愛なき世界に没頭する本村さんが、藤丸くんとの出会いを通じて手に入れた、自分だけの愛。それは、誰に理解されなくても自分だけの“好き”を貫く人たちに、救いの光となって輝くはずである。

文=立花もも