巨匠クリムトが描く官能的な女性たち――代表作の図版とともに解説!

文芸・カルチャー

更新日:2019/3/20

『グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮』(海野弘:解説・監修/パイ インターナショナル)

 小学生の頃、美術の教科書で初めてグスタフ・クリムトの「接吻」を見たときの印象を、いまでも覚えている。「黄色い壺の絵」だ。恥ずかしながら、この第一印象が強烈すぎて、私にとってクリムト=黄色い壺というイメージがいまだに定着している…。

 グスタフ・クリムトは、19世紀末から20世紀初頭の世紀末ウィーンで活躍した、オーストリアを代表する画家である。代表作として、真っ先に先述の「接吻」を思い浮かべる方も多いはずだが、大部分を占めるのは、女性をモチーフにした作品だ。

 本書『グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮』(海野弘:解説・監修/パイ インターナショナル)には、クリムトの「黄金時代」作品や天井画、風景画、女性の肖像画などが約230点掲載されている(ウィーン分離派・ウィーン工房の作品も約200点紹介)。その中から、クリムトの代表作と言えるものを図版と共に紹介したい。

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1)P39 パラス・アテネ

パラス・アテネ

 1897年、クリムトは若い画家や建築家などの同志たちと共にウィーン分離派を結成。古い絵画を捨て、エロスと死、黄金と闇といった女性の二重性を追求する、自身のスタイルを確立した。黄金と闇という二重性を持つこの作品には、黄金の甲冑をまとったアテネ女神が描かれているが、背景は薄暗く女神の表情も暗い。

 解説文の中で、著者は「この絵はウィーンの人々を怒らせた」と語っている。「おそらく、女性に甲冑を着せたことに人々は怒ったのである。なぜなら甲冑は男のものだったからである」。そんな女性嫌悪の風潮に負けず、クリムトは女性を描き続けた。男性の衰退を指摘し、女性の戦いの始まりを告げるかのように。

2)P137 愛のアレゴリー

愛のアレゴリー

 ウィーン分離派結成以前の作品で、画家や工芸家のための図案集『寓意と象徴』のために描かれたもの。まず画面中央に目が行くが、その上にはどこか物悲しげな少女や、魔女のように不気味な老女といった複数の顔が見える。この作品について、著者は「子ども、若い娘、老年、死という女性の一生が示され、愛のはかなさが語られ、両側のバラの花も、愛と花の散りやすさをくりかえしている」と評している。日本の掛け軸のような細長い画面も印象的。

3)P161 エミーリエ・フレーゲの肖像

エミーリエ・フレーゲの肖像

 クリムトは数多くの女性たちを愛した一方、精神的・永続的な付き合いは苦手だった。しかし、この絵のモデルであり、クリムトの永遠の恋人と呼ばれるエミーリエ・フレーゲは例外。2人は結婚こそしなかったものの、長きにわたって親しく付き合った。

 エミーリエは、ウィーンのファッション界を引っ張るモード・サロンの経営者兼デザイナーというキャリア・ウーマン。その男性的な面と、エロティックで家庭的な女性的な面が、クリムトにとって魅力だった。そのためか、この絵のエミーリエは実際よりも身体が細長く描かれており、著者の解説によると、エミーリエ本人はこの絵が気に入らず、売ってしまったらしい…。

4)P46-47 アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ

アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ

 金箔を貼りめぐらした「黄金時代」のピークと言える作品。モデルとなったアデーレ・ブロッホ=バウアーは、分離派のパトロンのひとり。17歳年上で大金持ちの夫に甘やかされて女王のように自由に振る舞ったという。こんなに黄金が似合うのも納得できる。

 本書のコラムの中に「クリムトが画面にちりばめる文様は、エジプトと日本の影響が強く感じられる」という記述があるとおり、この作品についても著者は、「エジプトの棺の装飾に影響を受けたといわれる」と記している。たとえば、金色を多用した色彩や頭飾りのほか、三角形や目といった文様などがそれだ。ちなみに、日本美術の琳派の様式や浮世絵の影響も指摘されており、クリムトのアトリエには日本の木版画や甲冑などが置かれていたとか。

5)P48-49 ダナエ

 アルゴスの王女・ダナエは、父親のアルゴス王の命令で塔に幽閉されていた。男を近づけないためである。しかし、ゼウスは黄金の雨に姿を変えてダナエのもとを訪れ、息子・ペルセウスを孕ませる…というギリシア神話のひとコマ。

 クリムト以外の画家によるダナエを主題とした絵画では、ダナエの上から金貨がそっと降り注ぐように描かれているが、クリムト作の場合は、太もものあいだへ勢いよく流れ込んでいるようにも見える。状況としてはかなりショッキングなのに、その荒っぽさを感じさせないのは、頬を赤らめたダナエのやさしい表情のおかげかもしれない。

6)P50-51 接吻

 抱き合う男女を描いたクリムトの代表作のひとつ。著者は「2人は崖っぷちにいて、あやうい、という意味だろうか」と分析している。たしかに、一歩間違えれば転落しそうな位置だ。さらに「クリムトは男性にまったく興味がない」という記述があるように、この絵でも男性の顔はほぼ見えない。

 余談だが、本書のコラム内で、この絵の女性のモデルは前述のエミーリエではないかという説について言及されている。だとしたら男性はクリムト自身とも推測できて、なんだかロマンティックだ(クリムトは自画像をほとんど描いていない)。

 富裕層のパトロンを多数獲得し、セレブたちの注文肖像画で黄金時代を築き上げたクリムト。その自由奔放な神話解釈やエロティックな作風が、当時は度々問題視され、ウィーンの人々から酷評されてしまうこともあった。

 しかし、そんなスキャンダラスな一面とはかけ離れた風景画も描いている。クリムトの風景画に、人物は登場しない。描かれているのは、雨上がりの草原やミステリアスな森の木々、静かに揺れ動く湖の水面といった、自然の姿だけ…。本書を手に取られたら、ぜひ風景画にも注目していただきたい。

 2019年4月24日(水)から国立新美術館にて、クリムトやシーレなど、ウィーン世紀末の巨匠が残した作品の展覧会が開催される。47点ものクリムト作品を鑑賞するチャンスとなる。

 本書の帯には、展覧会チケットの割引引換券も付いているので、気になる人はぜひ足を運んでみてほしい。

【展覧会情報】
「日本・オーストリア外交樹立150周年記念
ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」
・開催期間:2019年4月24日(水)~8月5日(月)
・開催会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京都港区六本木7-22-2)
・公式サイト:ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道
 休館日、開館時間など詳細は上記サイトからご確認を

文=上原純