女児誘拐殺人事件の犯人が出所後「無実主張」のサイトを開設…冤罪なのか? 真犯人は?

文芸・カルチャー

2019/7/10

『審判』(深谷忠記/徳間書店)

 無実であるのに犯罪者として取り扱われてしまう冤罪事件は、その事実が明るみに出ず闇に葬られてしまうこともあるのではないだろうか…? そんな重いテーマにミステリー要素を絡めた『審判』(深谷忠記/徳間書店)は、司法の力の限界や絶対的正義の不確かさをも感じさせる、示唆的要素の多いサスペンス小説だ。

■殺人犯は出所後「無実」を主張するサイトを開設した――

 物語の発端となるのは、1986年に発生した1件の少女誘拐殺人事件。事件は東京に隣接するR県の中央部で発生。当時小学2年生の古畑麗ちゃんが行方不明になり、翌日、同市の公園にて全裸体で発見された。

 遺体が見つかってから1週間ほどして逮捕されたのが、当時大学生だった柏木喬。柏木は一貫して無罪を主張していたが、取り調べで自白をしたことから懲役15年の判決を受けた。

 作品の舞台は、そんな凄惨な犯罪事件から時を経た2004年だ。刑を終え、出所した柏木は《私は殺していない!》というホームページを開設する。自分が冤罪であることを綴り、被害者の母親である古畑聖子に向けた意味深な言葉を記す。そして、書き込みだけにとどまらなくなった柏木は、自分を自白に追い込み殺人犯に仕立て上げた元刑事・村上宣之の周辺に姿を現すようになる。

 村上は、自宅の周辺で自分を監視しているかのような柏木の行動を嫌い、知り合いの探偵に頼み、柏木の狙いや企みを探り始めることにした。

 そんな折に、村上のもとにはかつての部下・堤達夫が何者かによってレンタカーでひき逃げされ殺されたという連絡が入る。死亡推定時刻に、堤と会う約束をしていた村上は、警察から容疑者として目を付けられるように…。

 果たして、堤が殺された事実と奇妙な柏木の行動にはどのような繋がりがあるのか? 予測不能なストーリー展開に絶えずハラハラさせられる本作は、人が人を裁くことの難しさという重いテーマを問う。登場人物たちのさまざまな思惑と、もみ消してきた過去や秘密が複雑に絡み合ってストーリーを走らせる様は圧巻だ。本当の“悪”はどこにいるのか。そして、葬り去られてきた真実が明るみに出た時、それぞれの登場人物たちはどんな想いを抱き、自分が信じてきた「審判」を振り返るのか。本作を、ただ悪が暴かれるのを待つだけの勧善懲悪物語と侮ってはいけない。

■罪を犯した憎き相手にどんな「審判」を下すか

 やがて本作で焦点が当てられるのは、被害者の母親・聖子の心にすみ着いている「鬼」の正体だ。凄惨な事件で愛する娘を失って以来、聖子は自分の心に居ついた「鬼」をなだめるべく、酒におぼれるようになっていた。彼女が必死に抑え込もうとしている「鬼」の正体とは一体何なのか。それを知った時、読者は今までとは違った視点でもう一度本作を読み返してみたくなるだろう。

 また、「もし自分が罪を犯してしまったら、どう償えば許されるだろう」と、自分自身を投影する気持ちになれるのも本作の醍醐味だろう。被害者は、法が下す罰だけでは納得できないかもしれない。復讐という「私刑」で折り合いを付けるのではなく、違った形で加害者に罪を償ってもらうことができるものならば――。

 もし、自分が村上や柏木、あるいは聖子の立場だったら、憎いと思う相手にどんな「審判」を下すだろう。…そう考えながら本を開くと、ページをめくるごとにより味わい深いミステリー小説となるのだ。

文=古川諭香