三浦しをん節が大炸裂! 読むだけで「明日も楽しく生きよう!」と笑顔になれる、エッセイ最新作

文芸・カルチャー

2019/8/16

『のっけから失礼します』(三浦しをん/集英社)

 世界は果てしない、と三浦しをんさんのエッセイを読むといつも思う。日常にこんな楽しいことがそうそう転がっているものかね?と思うくらい、変わった人や事件が転がっているけれど、実は、しをんさんの語る内容はたいてい、私たちが日常で遭遇してもおかしくないことばかりだ。まあ、最新作『のっけから失礼します』(集英社)にあるように、新幹線で某大臣経験者のSPと隣り合わせるなんてことはさすがにめったにないと思うが、それでも、同じ経験を私たちがしてもただ「ひゃー、すごいところに居合わせちゃった」で済ませてしまいそうなところを、しをんさんはつぶさに観察し、時におもしろおかしく、時に本質をついて語ってくれるのだ。世界を果てしなく広げ続けるか小さくつまらないものにおさめるか、それは人の視点次第なのだということが、エッセイを読んでいるとわかる。

 女性誌『BAILA』の約5年分の連載をまとめた本作は、その意味で、三浦しをん節が炸裂だ。思いがけぬところで笑わされてしまうので、手にとる人は気をつけてほしい。個人的にいちばん笑ったのは書き下ろしの「理性はわりと不在がち」。ボツ原稿を語るだけのエッセイがどうしてこんなにもおもしろいのだろう。「不如意棒」「バナナ」「屹立」という単語でどんな内容かはある程度想像つくかもしれないが、しをんさんが語るその手の話は、なんていうのだろう、失礼を承知でいうと小学生男子のような無邪気さとてらいのなさがあって、とても好きだ。人前で見せないだけで、みんな誰しも心に小学生男子な自分を秘めてるよね!とげらげら笑ってしまう。

 そんな「わかるわかる!」と「あ、こんなに自由でいいんだ!」ということの繰り返しなのである。朝型生活に変えてみて「向いてない!」とあきらめたり、人に会わない限りはお風呂にも入らずズボラな生活を続けていたり。しをんさんが欲望百貨店と呼ぶ新宿の伊勢丹で試着したとき〈「こんなおしゃれなひとも、留まらないホックを隠しているときがあるんだな」と、非常に勇気づけられた〉と店員さんを語る部分があるのだが、まさに読者の私たちも、同じことをしをんさんに思う。「あんなにすばらしい作品を生み出し続けるしをんさんでも、こんなに抜けたところがあるんだな」と。肩の力を抜いて、明日も楽しく生きていこう!と笑うことができる。

 同時に、言葉遣いのセンスにはっとさせられもする。「暮れなずむ町を全力疾走」とか「コバエ一族の仲の良さと一致団結感がまばゆい」とか、平易な言葉でどうしてこんなに唯一無二の表現が生まれるのだろうと感じ入るが、やがて気づいた。しをんさんがこれほど豊かな視点をそなえているのは、経験と読書の蓄積があるからなのだと。何も知らなければ人はただ驚くことしかできない。けれどしをんさんは、知識や経験と結びつけて、発見することができる。

「おバカな話の波状攻撃でお疲れになっていないといいのですが、大丈夫ですか」としをんさんは書いているが、大丈夫です、私たちにしをんさんの頭のなかを見せてくれてありがとうございます、という気持ちでいっぱいになる一冊である。

文=立花もも