湊かなえ集大成…未来の自分からの手紙に希望を見出す小学生の過酷な現実と未来【レビュアー大賞課題図書】

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/29

未来
『未来』(湊かなえ/双葉社)

 イヤミスの女王・湊かなえの作品は、まるでパンドラの箱だ。一度ページを開けば、そこからは人間の悪意や憎悪など、ありとあらゆる厄災が飛び出してくる。それなのに、先を読む手を止めることができない。後味はなんとも悲しく、憂鬱。だが、物語の一番根底をよく見れば、そこには、たった一粒の希望が残されている。どんなに暗い世界だって、ほんの少しの希望で生きていけそうな気がする。目の前にある大きな壁に立ち向かえるような気がしてくる。それに気づいた時、おどろおどろしいはずの湊かなえワールドの虜になってしまっている自分に気づかされるのだ。

『告白』での鮮烈なデビューからはや10年余り。湊かなえがデビュー10年目に上梓した『未来』(湊かなえ/双葉社)でもそれは同様だ。この作品も、苦々しい世界を描いたイヤミス作品。それなのに、物語の最後の最後には、ほんの少しの希望が待っている。描かれるのは、保護してくれる大人のいない、逃げ場さえ失った小学生。大人たちの都合に振り回され、貧困にあえぐ子どもたちの姿に、あなたはどんな思いを抱くだろうか。この作品は、本とコミックの情報誌『ダ・ヴィンチ』と日本最大級の書評サイト「読書メーター」がベストレビュアーを決定するコンテスト「第6回レビュアー大賞」の課題図書の中のひとつ。読書の秋、この作品の衝撃を、ぜひともレビューにぶつけてみてほしい。

 主人公は、父を亡くしたばかりの10歳の少女・章子。ある時、彼女のもとに、30歳の章子が書いたという〈未来からの手紙〉が届く。そこには章子の家族しか知らないことが書かれており、開業10周年を迎えたテーマパークの30周年の記念しおりが同封されていた。家にも学校にも居場所がない章子は、その手紙が本当に未来の自分からの手紙としか思えず、未来の自分に向けて手紙を書き始める。どんなに辛い出来事があっても、章子は、30歳の章子からの手紙にあった〈あなたの未来は、希望に満ちた、温かいもの〉という言葉を信じていた。だが、彼女を待ち受ける現実はあまりにも過酷。本当に自分は幸せになれるのか。章子の悩みは絶えない。

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 章子の視線で語られていた物語はやがて語り手を変え、思いも寄らない姿を見せていく。章子をはじめとする登場人物たちの壮絶な人生が絡まり合い、ひとつの大きな物語を紡ぎ始めていく。いじめや不登校、DVなど登場人物たちの悲惨な叫びに思わず耳を塞ぎたくなるが、湊かなえの筆致はそれを許してはくれない。どうして彼らはここまで追い詰められなくてはならないのか。凄まじいエピソードの連続に呆然とさせられた。

 だが、過酷な日常を生きる子どもたちは、きっと現実世界のどこかに存在しているに違いないのだ。この作品はフィクションだとはいえ、まったくの作り話とはいえない。日本のどこかに、章子たちのように苦しみ、大人たちによって痛めつけられている子どもたちがいるに違いない。それも思ったよりもずっと身近なところに彼らは存在しているのかもしれないのだ。

 逃げ場のない子どもたちが見出していく道。その道に光が差すことを願わずにはいられない。子どもたちを苦しめるのが大人ならば、救い出せるのも大人であるべきはず。目を背けてはいけない現実を前に、一人一人が何を思い、何を考えるか。湊かなえからの問いにあなたはどう答えるだろうか。

文=アサトーミナミ

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