唯一無二の人気VTuber・天ノ川トリィが受けた特許権侵害の全貌が明らかになる!/特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来⑤
公開日:2022/3/7
「回答期限は二週間後。急がないと。ところで、エーテル・ライブに顧問弁護士はいますか? 弁護士に意見は訊きましたか?」
答えは未来の予想していた通りだった。
棚町が困った表情で答える。
「弁護士ドットコムでいつも相談している真島先生に相談しました。しかし特許紛争の経験は皆無との話です。経験と知見のある、他の弁護士か弁理士に依頼すべきだと」
現在日本で、まともに侵害を扱える法律事務所は片手で数えるほどのみ。全て大手だ。姚と未来は、大手事務所に対し真正面から競争を挑んだことになる。
結果は、クライアントの規模を問わないひっきりなしの電話が、全てを語っている。
未来は、姚の生意気な表情を思い返しながら答えた。
「身の程を弁えている弁護士は好きです。荒くれ馬みたいな、うちのパートナー弁護士を毎日見ていると、なおさら」
棚町が、そわそわしながら訊ねた。
「引き受けて頂けますか」
未来は警告書を脇に退け、はっきりと答えた。
「弊所は、顧問契約以外の仕事は全て引き受けます。どんな内容であっても」
棚町は安堵した。
「助かります。私には、所属するVTuberたちを守る義務があります。万が一にも、彼・彼女たちの表現の自由が奪われるなら、戦う義務があります」
未来は棚町に対し、改めて確認した。
「依頼内容を確認します。警告書に対し、天ノ川トリィの活動を守ること。間違いありませんか」
棚町は、ゆっくり頷いた。
「間違いありません」
未来はまず、計画を説明した。
「ステップその一、まず特許の内容を確認します。次に、撮影システムを調査し、特許と比較します。最後に対抗策を検討します」
棚町が怯えた目で訊ねる。
「もし侵害が確実で、対抗策が何もない場合はどうするのですか」
未来は微笑んだ。
「いかなる手段でもクライアントの才能を守るのが私の仕事です」
説明しながら、未来は脇に退けた警告書を横目で見た。
完全に天ノ川トリィだけを狙い撃ちした警告だ。天ノ川トリィ以外は警告を受けていない。
狙い撃ちだとしたら、なぜ天ノ川トリィだけなのか。
疑問は残るが、未来は警告書を置き、特許公報を手に取った。
「では最初の確認として、問題の特許技術を確認します」
棚町が頷く。
「特許技術が、トリィの撮影システムと無関係なら、侵害でないんですよね」
「仰る通りです。だからきちんと確認します」
いよいよ、問題の特許の中身の確認だ。
特許権者名を確認する。《株式会社ハナムラ測量機器》。敵のボスで、手下のライスバレーにライセンスを与えた特許権者だ。
発明の内容を確認する。きっかり十五分後、未来は、特許権の内容を整理した。
「特許技術は、人の動きをレーザーで《トラッキング》して、CGのキャラクタを動かす撮影システムです。トラッキング技術は、ご存じですよね」
棚町は、不満を露わにして頷いた。
「通常、VTuberの演者はカメラの前で喋ったり踊ったりします。カメラは人の動きを取り込み、CGキャラクタに同じ動きをさせます。これがトラッキング技術です」
棚町は、不機嫌な表情のまま訊ねた。
「あまりにも基本的な技術です。もしそれが特許技術なら、全てのVTuberは活動ができなくなります」
「仰る通りです。これだけで特許技術になるなら、あまりにも広い。特許庁の審査官は特許として認めないでしょう。特許技術はもっと狭い範囲です」
未来は特許技術の中身を説明した。
「まず、カメラを使ったものは特許技術から外れます。特許技術はレーザーを使ったものだけです」
棚町は浮かない顔で答えた。
「普通はカメラを使いますね」
棚町の表情から察すると、天ノ川トリィはレーザーを使っている。
未来は続けた。
「次の限定です。レーザーで取り込んだデータはパソコンに送ります。送るときに、《仮想ネットワーク技術》で送るものは特許技術です」
まるで、頬に疑問符をべっとりと張り付けたような表情で、棚町が訊ねる。
「全くわかりません。仮想ネットワークとは、なんでしょうか」
未来は、特許公報の図面を見せた。
以前、携帯電話に関する事件を引き受けた際に見た図と同じだった。
「第五世代通信(5G)で用いられている技術です。高度な技術ですが、今までにない大容量の超高速データ転送が行えます」
かなり突飛な限定だが、未来は驚かなかった。
5G技術に興味がある会社は、何も携帯キャリアだけではない。ほぼ全ての産業が5Gの応用を検討している。
棚町は、眉間に皺を寄せた。
「ライスバレーは、5Gの通信方式をVTuberの撮影システムに応用する特許技術を持っている、ということですか?」
「5Gもレーザーも両方使うものだけです」
未来は特許公報を閉じた。
「次は撮影システムを調査します。念のため天ノ川トリィ以外のVTuberも教えてください。VTuberの演者たちは、どんな撮影システムを使っていますか」
棚町は驚いて訊ねた。
「警告を受けているのはトリィだけでは」
「追加で警告される可能性もあります。全員分を把握しておくべきです」
棚町は即座に答えた。
「ツールの選択は各演者に任せています」
未来は微笑んだ。
「ステップその二では、特許技術を使っていないものから探します」
「どうしてですか」
「そっちのほうが簡単だからです。5Gとレーザーを両方使っているなら侵害です。でもレーザーだけ使っているとか、両方使っていないなら、侵害ではありません」
棚町が頷く。
「なるほど。そうやって判断するのですね」
「切りやすいほうから切りましょう。レーザーを使って撮影しているVTuberはいますか」
「トリィ以外の演者ではいません。皆スマホで撮影していると思います。レーザー・スキャナ付きのスマホなんてあるとは思いません」
「念のため全員分確認しておく必要があります。しかし侵害はしていないでしょう。問題は、天ノ川トリィです」
改めて、未来は棚町に要求した。
「では、天ノ川トリィが使っている撮影システムを見せてください」
棚町は神妙な表情で頷いた。
「第一スタジオにあります。トリィは、いつも第一スタジオで撮影をしていますから」
未来は、先程トリィによって破壊されたスタジオを思い返した。