本のプレゼンの競技大会。「全国高校ビブリオバトル」の事務局員になった、読裏新聞社社員・徳山美希だが…/珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて①

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/12

 新卒で読裏新聞社に勤め始めて、もう間もなく丸三年になる。

 最初の二年は新人記者として、取材や執筆のイロハを叩き込まれた。異動を言い渡されたのは、年度が替わった昨年の四月のことだ。

「徳山、おまえ本読むの好きだったよな」

 上司のそんな一言とともに示された新たな配属先は、東京本社内にある活字推進委員会なる部署だった。本や新聞といった活字文化を守るとともに、そのさらなる活性化に努めるべく発足した委員会だそうで、わたしはその事務局の局員として、出版社との連携やイベントの調整などあらゆる業務を引き受けることになった。激務に追われた記者時代とは打って変わって安穏とした部署の空気に、初めこそ戸惑ったものの、慣れてくると読書好きなわたしにとっては天職だと感じるようにもなった。

 その活字推進委員会が主催しているのが、全国高校ビブリオバトルという大会である。

 ビブリオバトルとは、一言で言えば本のプレゼンの競技大会である。出場者は自分で読んで面白いと思った本を持ち寄り、五分の持ち時間の中でその本がいかにすばらしいかをプレゼンする。その後、数分間の質疑応答やディスカッションを経て発表は終了、次の出場者のターンとなる。すべての出場者がプレゼンを終えると、会場にいる参加者は、「どの本が一番読みたくなったか」を基準に一冊選んで投票する。もっとも多くの票を集めた本が、そのバトルのチャンプ本となる。

 全国高校ビブリオバトルの出場条件はただひとつ、出場者が高校生であること。まず全国四十七都道府県で大会をおこない、見事チャンプ本に選ばれた書籍を紹介した高校生が決勝大会へと駒を進める。わたしは東京都大会に引き続き、今年一月に東京で開催された決勝大会においてもスタッフとして運営に携わることとなった。

 決勝大会に出場する高校生は、四十七都道府県の代表各一名に、人口が多い関係で東京都からもうひとり選出された代表者を含めた全四十八名。まずAからHまで六人ずつ八つのグループに分かれて予選がおこなわれ、勝ち上がった八名で決勝戦が争われる。

 第一回大会が四年前と歴史はまだ浅いが、多くの部活動の全国大会がそうであるように、全国高校ビブリオバトルもまた、本好きの高校生たちにとって青春を彩る大会になりつつあるという自負が、委員会内にはあった。そんな大会に初めて関わることになったわたしは、不慣れから決勝大会前日までさまざまな準備や確認事項に忙殺され、睡眠時間さえまともに取れないありさまだった。優先順位が低いことは後回しにし、決勝戦のプレゼンの順番を決めるくじを作り忘れていることに気がついたのは、大会当日の朝だった。

 幸いにして、くじを作るのに必要な道具は自宅にそろえてあった。それらをまとめて、大きな立方体の段ボール箱の上部に円い穴を開けただけの抽選箱の中に入れ、脇に抱えて会場入りしたわたしの姿を見て、活字推進委員会事務局の相田局長が苦笑した。

「大丈夫かぁ、徳山。そんな大荷物抱えて」

「すいません、昨日のうちに用意しておけばよかったんですけど、間に合わなくて」

「寝てないんじゃないか。ふらついてるし、化粧のノリも悪いみたいだぞ」

「局長、それセクハラですよ」

 コンプライアンスの特に厳しい新聞社にあっては昨今、セクハラの一言はハサミよりも鋭利だ。局長は肩をすくめるが、二回りも歳上の男性上司に気兼ねなく反撃できるあたり、うちの部署の風通しは悪くない。

「この大会が終わったら、心置きなく眠らせてもらいます」

「それがいい。今日一日は辛抱してくれ。出場する高校生たちにとっては、努力して勝ち上がってきた大事な大会なんだからな。運営するわれわれのミスで台なしになるようなことがあってはならないと、しっかり胸に刻んでおいてほしい」

 普段は飄々としている局長が、めずらしく熱を込めて語った言葉だったにもかかわらず、このときは軽く聞き流してしまったことを、わたしはその日のうちに後悔する羽目になる。

 決勝大会の会場は大手町にある読裏新聞社所有のホールで、正午より開会式がおこなわれた。大ホールには出場者の保護者らを含む観客や、プレゼンされる本の版元を中心とした関係者が多く詰めかけている。本の虫で知られるお笑い芸人の男性が司会を務め、まずは出場する高校生たちがホールの外から入場した。ひとりずつ学校名と氏名を呼ばれ、ステージ正面に用意された各々の席まで進み出て着席する。

「いいですねぇ、この晴れやかな表情と、緊張して硬くなってる感じ。初々しくて素敵です」

 わたしは隣に並んで客席をのぞき見る局長にささやく。ステージの下手側の袖には広々としたスペースがあり、ここに長机を並べてスタッフの本部としていた。

「徳山だって、あの子たちとそういくつも変わらんだろう」

「全然違いますよ、わたしももう四捨五入すれば三十ですもん。嫌なものですね、歳を取るというのは」

「おまえにそれを言われたら、おれは立つ瀬がないよ」

 わが社のお偉いさんによる開会宣言のあとで、大会のルールが詳しく説明される。予選の会場はこの大ホールと三つの小ホールの計四ヶ所。あらかじめ八つのグループに割り振られた出場者たちは各会場に移動し、ひとつの会場につき前半と後半で二ブロックの予選がおこなわれる。つまり同時に四ブロックずつ別会場で予選が進行するので、観客も目当てのブロックを選んでその会場に入り、投票に参加する。各ブロックごとに全員のプレゼンを見てからでないと投票することはできないため、途中入室は原則禁止だ。

 開会式が終了し、スタッフもめいめい担当する予選会場に散る。わたしは大ホールに控えているようにとの指示を受けていた。大ホールでは最初にAブロック、続いてBブロックの予選が開かれる。

<第2回に続く>

『珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて』を楽天Kobo(電子)で読む >

『珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて』をAmazonで読む >

Amazon「現金チャージ」でさらにポイントGET! >

あわせて読みたい