「全国高校ビブリオバトル」の決勝が終了し、安堵したのも束の間。実希が作ったくじでトラブルが!? /珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて②

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/13

 本部に戻ると、すでにBブロックの出場者が集まってきていた。浮き足立つ彼らの合間を縫って元いた席に座ろうとしたら、抽選箱の前に榎本さんの姿があった。

「お疲れさま。プレゼン、すごくよかったよ」

 声をかける。振り返った榎本さんは、どこか浮かない顔をしていた。

「ありがとうございます。あの、これもしかして、決勝戦のプレゼンの順番決めで使う抽選箱ですか」

「そう、よくわかったね」決勝戦のプレゼンの順番がくじ引きで決められることは、あらかじめ出場者に通達してあった。「それがどうかした?」

「こんなところに置いておいて大丈夫なんですか。ちょっと、無防備すぎるんじゃないのかなって」

 驚いた。彼女は不正を警戒しているのだ。いくら何でも神経質すぎやしないかと思ったが、直後には考え直した。高校生にとっては、それほど思い入れの強い大会なのだ。少しの不正も許されない、徹底して排除すべきだとする気持ちはわかる。

「ごめん、そうだよね。ちゃんと管理するようにします。ご忠告ありがとう」

 わたしは抽選箱を抱えて、別のスタッフが常駐している、本部の奥のパーテーションで区切られたスペースに移動させた。投票用紙を保管する関係で出場者が近づくことを禁じているため、ここに置いておけば不正はまず起こりえない。

 榎本さんは安心した様子で本部を出ていった。それからほとんど間をおかず、Bブロックの予選が始まった。

 Bブロックも滞りなく進行し、全ブロックの予選が終わって一時間の昼休憩を迎えた。しかし、スタッフであるわたしたちに休息はない。

 本部にいるBブロックの生徒たちを追い出すと、まずは予選の集計が始まった。決勝に進んだことを出場者が知るタイミングに差があると不公平感が生じるので、集計そのものをこの時間まで待つのだ。わたしは自分が観覧したAブロックの集計をおこない、予想どおり榎本さんが勝ち上がったことをみずからの目で確かめた。

 続いて昼休憩後に大ホールでおこなわれる、人気作家によるトークイベントのステージ設営に取りかかる。別のスタッフと協力し、テーブルと椅子を並べたり、ペットボトルの水を用意したりする。もともと告知されていた作家のほかに、著作がプレゼンされると知って観覧に訪れていた作家が三名、トークイベントに登壇してくれることになった。それぞれの作家の名前を記した紙を、テーブルの前に貼りつける。

 実はもうひとり、男性作家が会場に来ていることを把握していた。けれども彼の著作をプレゼンした出場者は予選を勝ち上がり、このあと決勝戦に出ることになっていた。著者が会場にいることが知れれば、その本を紹介する生徒は動揺するだろうし、観客にもバイアスがかかるおそれがある。よってトークイベントへは登壇せず、著作がチャンプ本に輝いたあかつきには表彰式で登壇してくれるよう要請してあった。

 昼休憩が終わり、出場者たちが全員大ホールに着席すると、トークイベントが始まる。初めて目にするであろうプロの作家の姿に、高校生たちはいちように目を輝かせていた。作家の話は活字文化を広める役割を担うわたしたちにとっても考えさせられる内容が多く、イベントは成功したと言っていい。

 イベント後はシームレスに決勝戦へと移行する。まずは司会の芸人が、Aブロックから順に予選を勝ち上がった出場者の名前を読み上げる。名前を呼ばれた出場者は席を立ち、ステージへ上がる段取りだ。

 最初に榎本純さんの名前が呼ばれると、会場には拍手が沸き起こった。榎本さんは片手に本を持ち、緊張からか空いたほうの手をぐっと握りしめている。続いて呼ばれたのはこちらもわたしが予選を見届けたBブロックの勝者、岩手県代表の板垣愛美さん。トークイベントに登壇しなかった男性作家が書いたのは、彼女が紹介した本だ。さらにほかのブロックの生徒の名も呼ばれ、ステージ上に八名の決勝進出者が勢ぞろいした。男子が三名、女子が五名。勝ち上がったことが信じられないというように口を押さえている女子、懸命に笑みを嚙み殺している男子、よほど自信があったのか完全に無表情の女子など、人によって反応がまったく違うのが見ていておもしろい。

「プレゼンの順番はくじ引きで決定いたします。それでは抽選箱、お願いします!」

 司会者に呼び込まれ、わたしは抽選箱を抱えてステージの袖から歩み出た。榎本さんからブロックのアルファベット順に、抽選箱の中に手を入れて一枚ずつくじを引いていってもらう。

「出場者の皆さん、まだくじは見ないでくださいねー。あとで同時に開きましょう」

 こうした間をきちんとつないでくれるあたりが、さすがはプロの芸人さんである。

 残り二人になった時点で一度、箱の中にちゃんと二枚のくじが残っていることを目視で確かめた。八人全員がくじを引き終わり、わたしは箱を抱えたままステージ袖へとはける。

「さぁ、では皆さんいっせいにくじを開いてください!」

 司会者の一言で、出場者たちはくじを開いて自分の引いた数字を確認した。その数字を、客席に向かって示す。

 直後、客席でざわめきが起きたとき、わたしはまだ何が起きたのかわかっていなかった。

「おっと……これはいったい、どういうことでしょうか」

 思わず素の部分を出してしまったかのように、司会者が困惑の言葉を漏らす。

 何か、くじ引きでトラブルが発生したようだ。思わずステージに進み出たわたしは、目の当たりにした光景に愕然とした。

 一番手前の榎本さんは、「6」と書かれたくじを持っていた。その隣の板垣さんが「1」。

 そこまではよかった。だが、そこから先が明らかにおかしい。

「ええと……。3のくじと4のくじが二枚ずつあったのかな」

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