一体誰がなんのために…。くじの抽選箱に細工した犯人を見つけるため、実希は調査をはじめる/珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて③

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/14

 相田局長が言うように、くじ引きであのような事態が起きたからには、犯人はわたしが作った1から8までのくじのうち7と8を抽選箱から抜いたのち、二枚めの3と4のくじを作って抽選箱に入れたことになる。

 わたしが抽選箱から目を離したのは、Aブロックの予選終了後、局長の電話を受けてパイプ椅子を運ぶために本部を離れてから、本部に戻って榎本さんに注意されるまでの──途中で一度本部に戻った際にも、わたしは抽選箱のほうを見なかった──およそ二十分間のみ。その時間以外に、出場者たちが抽選箱に近づく機会はなかった。

 あの二十分間、抽選箱のある本部にいた出場者は、Aブロックの生徒とBブロックの生徒の計十二人だけだ。つまりこの中に犯人がいる可能性は高く、さらに目撃者がいることも考えられる。

 わたしは相田局長から出場者の名簿を借り受けて、ひとりずつ電話で聞き取り調査をおこなうことにした。

 ひとりめは、予選Aブロックのトップバッターを務めた女の子。北海道代表の伊藤真里亜さんだ。名簿には080で始まる電話番号が記載されており、電話をかけると伊藤さん本人が出た。

「わたくし、読裏新聞活字推進委員会事務局の徳山実希と申します。先日の全国高校ビブリオバトル決勝大会の件で、伊藤さんにお訊ねしたいことがありまして」

『えっ。何ですか?』

 うろたえる伊藤さんに、決勝戦のくじ引きの件で調査をしていること、抽選箱に細工ができたのはAブロックの予選後の休憩時間だけだったことを説明する。

「……というわけなのですが、伊藤さん、何か見ませんでしたか? 本部に置きっぱなしになっていた抽選箱を、誰かが触っている様子ですとか」

『見てません。あたし、本部に抽選箱が置いてあったことにさえ、気づきませんでした』

 噓をついているようには聞こえない。だからと言って彼女は犯人ではないと結論するわけにはいかないが、これ以上は何を訊いても無駄のようだ。

 礼を述べて電話を切ると、まだひとりめなのに早くも徒労感が込み上げた。こんなことで、本当に犯人が見つかるのだろうか。たとえ電話の相手が犯人だったとしても、白を切られたらどうしようもないではないか。それに目撃者が現れたところで、その証言自体、犯人がほかの出場者に罪をなすりつけるための噓かもしれないのだ。出場者たちのあいだに直接のつながりはないから、その気になればいくらでも他人を悪く言える。

 犯罪捜査と違って指紋を取るわけにもいかないから、雲をつかむような話だ。ため息をつきつつ、わたしは次の生徒に電話をかけた。

「もしもし、新房豊くんですか」

『はいそうですけど』

 こちらも本人が出た。新房豊くんは、Aブロックで二番手にプレゼンしてくれた男子である。

「わたくし読裏新聞活字推進委員会事務局の徳山実希と申しまして、先日のビブリオバトル決勝戦のくじ引きの件でお話を――」

『僕じゃないですよ』

 さえぎって言われ、いきなり電話をかけたわたしのほうが面食らった。

「あの、僕じゃない、とは」

『くじにいたずらをした犯人を探してるんですよね。僕じゃないです』

「ひょっとして、わたしが調査をしていることを、誰かから聞いたんですか」

『そうじゃないけど……くじ引きの件っていったら、いたずらの犯人探しをしているとしか思えないから』

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