実希はトラブルでの責任を感じ異動願いを提出するも、大会の不正調査で「犯人像」が見えてくる/珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて⑤

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/16

 高校生でありながら、彼女は社会人が責任を取ることの重みをちゃんと理解している。わたしは続けた。

「わたしの代わりにほかのスタッフたちが、しっかり大会を運営してくれるはずです。だから安心して、よかったら来年もぜひ参加してください。榎本さんはまだ一年生でしょう。それで府大会を勝ち上がり、全国大会の予選でもあれだけのプレゼンを見せてくれたのだから、次回は優勝も夢じゃない。わたし、心からそう思います。今年のつらい思い出は、来年の大会で払拭して――」

 ところが、榎本さんはわたしをさえぎって宣言した。

「来年は出ません。もう、意味がないから」

 予選のステージであれだけの輝きを放っていた彼女がすっかり意固地になってしまっていることに、わたしは焦る。

「そんな……無意味なんてことはない」

「謝りに来たんですよね? それとも、来年も出場させることが目的なんですか。もしあたしが来年も決勝大会に出場して、あたしの紹介した本がチャンプ本に選ばれたとしても、それであなたのミスが帳消しになるわけではないのに」

 淡々と正論を吐く彼女の姿に、胸が潰れそうになる。わたしはひとりの女子高生から、熱中できるものを奪ってしまった。

 これ以上、打つ手はなかった。わたしは力なく、同じことを繰り返す。

「……ミスを帳消しにしたいだなんて、思ってもみません。わたしはただ、あなたに謝罪したいこと、責任を取る意思があること、この二つをお伝えに来ました」

「それはもう、わかりました。ほかに話がないなら、帰っていいですか」

 返事を待たず、榎本さんは席を立った。引き止めたかったけれど、そうしたところでいまのわたしに何を言えよう。

 わたしはうつむいて下唇を嚙み、失意に耐えた。謝罪は失敗に終わった。わたしなりに、できるだけのことはやったつもりだ――だが、届かなかった。

 帰ろうとする榎本さんを見て、女性店員が驚く。彼女の手にした銀のトレイには、カフェラテの入ったカップが載っていた。榎本さんは、注文の品に口もつけずに去ろうとしている。

 彼女の細くて白い指が、真鍮製のドアハンドルにかかる。まさに扉が開かれようとした、そのときだった。

「――それでいいの?」

 背中から声をかけられ、榎本さんは動きを止めた。

 女性店員が、榎本さんに問いかけている。初め、カフェラテを飲まずに帰っていいのか、と訊ねているのかと思ったが、違った。

「本当に、あなたはそれでいいの」

 店員が繰り返す。明らかに、彼女は何かを訴えている。

 榎本さんが振り返る。わけがわからない、という顔をしている。当然だ。赤の他人のはずの店員から、いきなり意味不明の質問をされたのだから。

 店員は、榎本さんが何か言ってくれるのを切望している様子だった。けれども榎本さんが黙り込んでいるのを見て、あきらめたように息をつく。そして、彼女はわたしのほうを一瞥してから、意想外の言葉を放ったのだった。

「あの方に責任を取らせて、あなたは本当に満足なのかって訊いてるの――ズルをしたのは・・・・・・・あなた自身なのに・・・・・・・・

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