何事にも熱しにくく冷めやすい。そんな僕がギターを始めたきっかけは…/片岡健太(sumika)『凡者の合奏』

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/20

 そんな片岡家にも新しい風が吹く。Gメジャーコードの訪れである。

『初恋』の2コード目にあたるこのコードは、メジャーという読んで字のごとく明るい感じになる。やんや言っていた姉たちも「あ、なんかギター弾けているっぽいね!」と掌を返してきた。しめしめ。実際Aマイナーと、Gメジャーを弾けるようになるまでに、大して時間はかからなかった。この調子だと父のレベルまで、ギュンと追いつけてしまう。自分はひょっとして天才なのではないかという希望に満ちていた。成長著しい生徒の僕に向けて、父は「いい調子だな。でもギターはここからだぞ」と言い放って、次のコードの説明を始めた。

 人差し指でギターの弦6本をすべて押さえて、中指、薬指、小指も総動員させて型を作り、一気に音を鳴らすと父は「これがFメジャーコードだ」と言った。カレー→ラーメン→アクアパッツァぐらいの難易度の急上昇に一瞬たじろいだが、やっと見つけた熱に向かって、僕は真っ向から勝負を挑んでみた。結果は惨敗。てんで音が鳴らない。僕の人差し指が6本の弦をすべて押さえることすらままならないので、「ガスッ」という音しか鳴らない。

 これが俗に言う〝Fの壁〟というやつである。多くのギター初心者たちが、人差し指で6弦すべてを押さえるバレーコードという型を使ったFの壁に当たり、砕け散ってきた歴史がある。そんな歴史をまだ知らない当時の僕は「やっぱり自分には才能ないんだ」と落ち込み、自身の熱しにくく冷めやすい性格も相まって、ギターを弾くことから遠ざかってしまった。

 僕がギターを弾かなくなってからも、しばらく父のライブは続いた。僕も姉や母のように地蔵化しかけていた頃、唐突に父が「今度親戚の結婚式で一緒にライブやらないか?」という提案を持ちかけてきた。モチベーションが下がっているメンバーに対して、ライブで一発奮起させようというアイディアは悪くないだろう。

 ギターを欲するきっかけになった音楽番組で、ボーカリストが「今度はライブで会おうぜ!」と言ったのを覚えていたので「ライブ」という響きに対しての憧れが、僕にはまだギリギリ残っていた。

 しかし、バレーコードは依然として弾けないままだったので、簡単に弾けそうなローコードが多く出てくる、井上陽水さんの楽曲を父親がチョイスし、その練習に励むことにした。CメジャーやDメジャーなどの、ローコードは練習すればすぐに弾けたが、やはりFコードのようなバレーコードはまったく弾けなかった。

 頻度は少ないものの、曲の大事な場面でFコードは出てくるので、父は「健太は全部のローコードだけ弾いて、Fコードと歌はお父さんに任せろ」と言った。つまり、弾けるところだけ弾いて、弾けないところはお休みするということだ。数日後に迫っていたライブまでの残り時間を考えると、それが最善策だと僕も思った。

<第2回に続く>


『凡者の合奏』を楽天Kobo(電子)で読む >

『凡者の合奏』をAmazon(電子)で読む >

あわせて読みたい