団体決勝戦の相手は2年前に戦ったライバル道場。自信に満ちあふれ“完全勝利”と思ったが…/片岡健太(sumika)『凡者の合奏』

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/20

 一瞬で、僕の記憶は2年前の小学4年生に引き戻される。中堅戦の前、心の中で何度も「絶対に負けない」と唱えていたこと。試合開始直後に放った気合いが「ヤー」というきれいな発音ではなく、言葉にならない「叫び」のようなものであったこと。あの日の試合を、鮮明に思い出した。次の瞬間、目から止めどなく涙が溢れた。防具をつける際に使う手拭いで何度拭っても、止まらないほどに泣き叫んだ。

 僕はそもそも、きちんと相手と向き合っていなかったのだ。

 勝った後のことだけを考えて、誠実にその試合に臨んでいなかった。

 この1年近く、たまたま勝ち星が続いたのは、単に運が良かっただけだ。

 大人になれば、身体はそれなりに成長する。技術は継続すれば身に付く。だからこそ、その一瞬とどう向き合ったのかが「気合い」という形で、声や佇まいに宿り、「心」という評価基準を作る。幾多の試合を見届けてきた審判には、勝つ気がある者、正しい研鑽を積んできた者の気合いは、試合が始まる前から見抜かれていたのだと思い知った。

 その気合いは、人によって違う形で表現されるだろうし、誰にでも当てはまるような正解はない。その部分が年を重ねていくにつれて評価されるようになるのは、至極当然。ほんの数時間前まで大変に奢っていた偽サムライを、タイムスリップして辻斬りしたくなった。

 そんな僕は現在、音楽家としての道を歩んでいる。

「演奏も盛り上げ方も完璧だ」と自分が思ったライブでも、スタッフから「正直、イマイチだった」と言われてしまう夜もある。しかし、「最悪なライブをしてしまった」と愕然としている僕の肩を、スタッフが「今日は本当に最高だった」と言って、優しく叩いてくれる夜もある。

 そんな夜には決まって、師範の顔と「心技体」を思い出す。

<続きは本書でお楽しみください>


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