ブラック企業を辞め、40歳で上海で働くことを決めた男の奮闘記! 見えてきた生の「中国」とは?

コミックエッセイ

更新日:2017/3/13

 中国といえば昨今、南シナ海での人工島建設や尖閣諸島の領有権問題など、あまり明るい話題を聞かないのだが、漫画『中国嫁日記』でも描かれているように、政治問題を抜きにしてその歴史や文化を楽しむ人も多い。日本政府観光局(JNTO)の統計を見ると、2015年のデータになるが250万人近くの日本人が中国を訪れている。その流れでいえば、中国で働くという選択をする人も当然、少なからずいることだろう。『ブラック企業やめて上海で暮らしてみました』(初田宗久:原作、にしかわたく:漫画/扶桑社)は齢40にして中国で働くことを決めた男の奮闘記だ。

 本書は原作者で元雑誌編集者の初田宗久氏が、勤めていた編集部での編集長からのパワハラに嫌気がさし、以前から趣味で年に1~2回遊びに行っていた中国へ渡り、悪戦苦闘しつつも働き続ける姿を綴ったコミックエッセイである。

 まず注目したいのが、上海のオバサンたちの迫力。初田氏は市場での値切り交渉を度々見かけたそうだが、中には1元の10分の1である1角(およそ1.6円)を値切るために、10分以上かけるオバサンもいたという。物価の感覚が違うとはいえ、その1角に10分間の価値があるのかとも考えてしまうが、値引きさせること自体にオバサンは喜びを見出しているのかもしれない。

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 さらに凄まじいのがオバサン大家だ。上海では大家がオバサンであることが多く、氏が借りたマンションの大家もそうだった。ある時、部屋の給湯器が壊れ修理を頼んだのだが、業者から規定の200元を請求されると、そのオバサン大家は当然のごとく「高い高い」とくり返し、170元にまけさせた。その姿はまるで呪いを掛けるようだったという。そしてさらに修理が終わり支払う段階になってから、150元にまけろと言い出す始末。もはや業者はいい返す気力などなく、すごすごと帰っていった。

 恐るべき生態だが、被害者は修理業者であり初田氏には何の損もなく、むしろ味方にすれば実に頼もしい存在ともいえる。また、別のマンションを借りた際、そこのオバサン大家と部屋の下見中に交わした会話で「部屋をキレイに使ってくれそうだ」と思われ家賃も値引きしてもらい、すんなりと借りることができたというエピソードも。現地で日本人は部屋をキレイに使うイメージがあり、国民すべてが日本を悪く見ているわけではないのだ。

 確かに、現実問題として日中の政治関係は冷え込んでいる。だが、それでも変わらず人の往来は盛んで、先にも挙げたJNTOの統計では、2016年の中国からの訪日客数は600万人超。ちなみに米国からの訪日客は124万人ほどだ。中国人観光客の「爆買いブーム」は去ったといわれるが、それでも人的交流はいまだに衰え知らずなのである。

 本書ではこの「日本旅行ブーム」が、悪化した対日感情を解消する突破口だと見ている。日中間でこれほどの人間が往来するなど今までに例がなく、この機会に日本へと足を運んでもらうことこそ、認識を変える最も効果的な手段だというのだ。「『体験』は『言葉』より強い」とも語る初田氏。彼自身も中国旅行を体験したからこそ、その魅力を知ったわけである。そしてこうも訴えている。「重要なのは『中国人が日本を好きか嫌いか』を気にすることじゃなくて……『日本人がどれだけ彼らの本当の姿を知っているか』なのかもしれません」と。

 氏は自身を「小川に架かる素朴で小さな橋」とたとえつつ「だからゆっくりと自分にやれることを探してゆきたい」と締めくくっている。中国がらみの話題になると、ナショナリズムの方向へ傾きがちだが、彼のようなのんびりとした姿勢こそ友好関係への近道なのかもしれない。

文=木谷誠