宮部みゆきの「三島屋シリーズ」第10弾『猫の刻参り』。苦境を生き抜いた女性たちが織りなす怪奇物語にゾクッとする【書評】
公開日:2025/4/19

ラスト数十ページで、こんなに感情がごちゃごちゃするとは思わなかった。これこそ、宮部先生らしい締め方なのかもしれない。
2025年2月、「三島屋シリーズ」第10弾『猫の刻参り 三島屋変調百物語拾之続』(宮部みゆき/新潮社)がついに発売された。第9弾『青瓜不動 三島屋変調百物語九之続』の発売から約2年、三島屋シリーズファンの筆者としては待ちに待った作品だ。「ホラー時代小説といえば、三島屋シリーズ」と言われるほど、他に類を見ない恐ろしさを提供してくれる本作の魅力を、まだ読んだことがない人にも伝わるように、ご紹介したい。
本作の主人公は、江戸は神田三島町にある袋物屋「三島屋」の次男・富次郎だ。彼は「黒白の間」と呼ばれる客間にて催される「変わり百物語」の二代目聞き手を担っている。「百物語」と言えば、人々が一座に集まり怪談話を披露する形式をとるが、変わり百物語ではその形式をとらない。「黒白の間」に入るのは、語り手も聞き手も一人ずつ。「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」をルールに、語り手が長きにわたり胸にしまってきた怖い話や不思議な話を語っていくのだ。
本作では「猫の刻参り」、「甲羅の伊達」、「百本包丁」の3つが紹介される。どれも苦境を生き抜いた女性が織りなす怪奇物語なのだが、筆者が最もゾクッとしたのは、第3話「百本包丁」だ。
語り手は、一膳飯屋のおかみを務める女性・初代。彼女が幼い頃に暮らしていた馬淵村には、椀や鉢、杵といった細工物の職人が集まっており、その精度はお城御用達の仲買商「伊元屋(いもとや)」が訪れるほどだった。そんな伊元屋には花蝶(かちょう)という女性がいた。藩主の側室候補になるほどの美人だったが、縁あって馬淵村の職人・太郎に嫁ぐことになる。これといって物騒なことも起きない平凡な集落に、突如として現れた天女のような女性に、村は騒がしくなった。しかし花蝶の天女な面はすぐに剥がれていく。
嫁いでも家事をすることは一切なく、太郎とともに昼寝酒をし、気まぐれに高価な着物を着飾り、琴をつま弾くだけ。最初は花蝶にデレデレだった太郎も、次第にやつれ始めて死人のような顔へと変わっていく。また、おぞましいことに彼女の魔の手は、太郎の弟で同じ職人の次郎や、初代の父にも広がり始める。初代は、まるで彼女の毒によって村全体が腐っていくような感覚を覚える。もちろん花蝶はそんなことを気にも留めない。むしろ花蝶という名の毒が村に染み込んでいく様を楽しんでさえいるように思えたのだ。
そして師走の朔日の夜更けのこと、村で大きな火事が発生する。火元は花蝶が暮らす伊元屋御殿だった。火から逃れるために家族とともに走る初代。しかし初代は見てしまう、高い木の枝にひっかかった、花蝶の生首を。彼女は次郎に首を切られてしまったのだ。ただその表情は笑みを浮かべ、初代と家族を見つめている。足が動かなくなる一同。こと父と兄は魂が抜けたような顔で花蝶を見つめていたという――。
この時点で、すでに人間の憎悪、嫉妬によってもたらされる恐ろしさが垣間見えるのだが、残念ながら、初代の話はまだ最序盤だ。先に述べたように、本作で描かれるのは苦境を生き抜いた女性の話。初代はこの後、誰もが想像しない苦境の道へと進んでいく。どのような展開が読者を待ち受けているのか。それは本書を読んでからのお楽しみだ。
お楽しみと言えば、もう1つ。三島屋をめぐる大騒動にも注目していただきたい。騒動の中心となるのは、長男の伊一郎。彼の縁談話を巡って三島屋の物語は大きく舵を切る。富次郎も例外ではない。特にラスト数十ページは、富次郎の行く末が心配になる内容が書かれている。ファンとしては、宮部先生から「次回作もあるよ」と言っていただけているような気がして安心するが……富次郎のことが心配でたまらない。最後の最後までじっくり読み進めることをおすすめする。
文=トヤカン