米澤穂信『本と鍵の季節』続編が長編として刊行。トリカブトで作られた栞を巡った、直木賞作家のミステリ小説【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/6/20

栞と噓の季節
栞と噓の季節米澤穂信 / 集英社

 校舎裏に咲くトリカブト。挟まれた一枚の栞……。人気を博した“図書室ミステリ”が、さらに魅力的な謎と共に、読者のもとに帰ってきた。

栞と噓の季節』(米澤穂信/集英社)は、図書委員をつとめる二人の男子高校生が謎解きに挑む大人気ミステリ、『本と鍵の季節』の続編だ。人を信頼して事件に巻き込まれやすい堀川次郎と、容姿端麗で頭がいいが、皮肉屋な松倉詩門。本シリーズは彼らのバディものであり、日常の地続きにある謎がちりばめられた青春物語でもある。

 図書委員の仕事をしていた堀川と松倉は、ある日、押し花をあしらった栞が返却本に挟まれているのを見つける。それが猛毒のトリカブトであることを知った二人は、栞の持ち主に危険性を伝えようと考える。しかし、持ち主が名乗り出るのを待つ間に、校舎裏でトリカブトが栽培されているらしく、同校の女子生徒・瀬野がそこに関わっている気配も見えてくる。やがて瀬野は、栞の持ち主は自分だと二人に名乗り出るが……。

 本シリーズの柱は、何といっても堀川と松倉の人柄と頭脳だと思う。全編にわたって二人が繰り広げる会話の流れが小粋で心地いい。エスプリの効いたジョークをこれだけ相手に投げかけられるのは、二人の信頼関係が深いことの表れだと感じる。一方で、二人は慣れ合いでつるんでいるわけではなく、あくまで図書委員同士という一定の距離を保つ関係だ。そんな二人が、謎解きにおいては抜群のコンビネーションを発揮するのだから、バディが主役のミステリ小説好きにはたまらない。

 こうした登場人物の魅力は、前作を読んだ読者にとって新しい情報ではないだろう。続編である本作ならではの醍醐味は、短編集ではなく長編であることだ。前作がさまざまな形で投げかけられる謎をテンポよく楽しめる構成だったのに対し、続編となる本作は、高校の図書室という場所が持つ特有の空気を存分に楽しめるだけでなく、登場人物たちの心理描写や謎の裏に隠されたドラマが重厚に描かれている。

 この物語を貫くテーマは、タイトルに掲げられた“嘘”だ。美しくミステリアスなヒロイン・瀬野を中心として、会話に織りこまれた嘘が謎を深めていく展開は、読者の好奇心を捉えて離さない。そして堀川と松倉の謎解きは、会話の“ほころび”を見つけるところから始まる。何気なく語られた言葉の一つひとつから掬い上げた微細な違和感を起点に嘘を明かし、謎の真相に迫っていく展開は見事としか言いようがない。

 また、本作は子どもと大人のあわいにある、高校生たちの物語でもある。青春のひとときを光と捉えるならば、その光によって落ちた影のほうに焦点をあて、不安定な心が生み出す葛藤や歪みといったものを主題としているところも素晴らしい。“トリカブトの栞”という強烈なキーアイテムを中心に、登場人物たちのほの暗い内面を丁寧に描き出す筆致は、直木賞作家・米澤穂信の真骨頂だ。

 前作を読んでいない方でも、ミステリ小説好きであれば本作を存分に楽しめるはずだ。むしろ本作で〈図書委員シリーズ〉のとりこになってから、前作を読んでもいいかもしれない。仮にミステリ小説を読んだことがない読者であっても、人が嘘に隠す本心や真相に触れてみたいという好奇心がある方なら、きっと本書を読む手が止まらないだろう。

文=宿木雪樹

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