歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第215回のテーマは「麻雀」
公開日:2026/3/7

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。
今回のテーマは「麻雀」です。投稿数は少なめだったけど、面白い歌がありました。

⚫︎突然に麻雀したいと言う母に満州という大地のにおい
(大岩真理・女)
「少女時代を満州で暮らした母が、年老いてから急に『麻雀やりたいなぁ』と言い出し、やったことあるんだ…と驚いた」という作者のコメントがありました。長い長い時間を経て「母」の中に浮上した「麻雀」には、単なるゲーム以上の思いがこもっているみたいです。
⚫︎赤ちゃんが食べないように隠されて忘れ去られた麻雀の牌
(猪山鉱一・男・23歳)
確かに、そういう目で見ると危険な大きさと形状をしている。「麻雀」というテーマに対して、この歌が出てくるのはユニーク。
⚫︎父の膝こたつのにおいスルメイカ淡い記憶にシーパイの音
(ひいろ・女・45歳)
「父の膝」の触覚、「こたつのにおい」の嗅覚、「スルメイカ」の味覚、「シーパイの音」の聴覚。視覚以外のすべてが連動して、遠い「記憶」を甦らせている。
⚫︎ドンジャラで失意の底に堕ちていた子の年賀状終いの知らせ
(安達萌菓・女・52歳)
「正月、いつも彼がゲームに負けると泣いていた」との作者コメントあり。「ドンジャラで失意」の「子」から「年賀状終い」に時間がワープしたけど、正月繋がりだったのか。
⚫︎懐かない猿と暮らして雀荘の二階に眠っていた夏休み
(鳥原さみ)
「猿の一瞬の握手の感触をよく覚えています」との作者コメントあり。その「暮らし」は清潔さや快適さから遠く、けれども不思議な夢の匂いがするみたいです。
⚫︎どんじゃらをぬけたまえばにさしてみた(おながどりのはくせいのとなりで)
(相内あみ)
「どんじゃら」はもう一つの世界への鍵、そして「ぬけたまえば」が鍵穴だったのかもしれません。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。
⚫︎サングラスを買いたる吾はサングラスの為に部屋中の電気つけたり
(いこみき・男・30歳)
客観的に見ると奇妙でも、自分としてはやりたい、やらねばならないことがある。
⚫︎唇をつけないラッパ飲みに名をつけて欲しいと願う元旦
(白群・女)
初詣の人々が様々なことを願う「元旦」の、〈私〉の願いがそれなのか、という面白さ。「ラッパ」には「唇」をつけるもんね。
⚫︎なにもかも魚になって本当の場所に帰っていくような夜
(徳毛圭太・男・41歳)
車に乗っているのかな。流れゆく光の中の一つになっているような。「本当の場所」がいい。
⚫︎たい焼きに内臓を足すおしごとを友だちのお母さんはしてる
(シラソ・女・40歳)
「おしごと」「お母さん」という口調の幼さと「たい焼きに内臓を足す」の不思議さ。大人の世界がパラレルワールドのように遠く感じられる、そんな子どもめいた心を感じる。
⚫︎印鑑の蓋が外れていたせいで鞄のなかが苗字まみれだ
(猪山鉱一・男・23歳)
日常的に起き得る出来事を描きつつ、異様な世界に入る感触がある。「苗字まみれ」という語の選択が、それを支えているのだろう。

⚫︎最初からゴミを見る目でくす玉が割れるのを見つめるアルバイト
(富尾大地・男・33歳)
人々の中で、一人だけ違う「目」を持っている。そうだよね。片づけるのは自分だから。
⚫︎歯磨きをしたまま電話かけてくる君の歯磨き語分かってきた
(遊鳥泰隆・男・30歳)
「歯磨き語」だったのか。その解釈に愛を感じます。
⚫︎車道から間違い探しの間違いのように大きい月を見ていた
(村川愉季)
数や形に較べて、大きさは「間違い」なのかどうか判断しにくい。その曖昧さが「月」のオーラと響き合っている。
⚫︎終末が来たと思っているだろう カラーコーンの中の雑草
(稲野・男・24歳)
急に世界が真っ赤になって驚き、そして慄くのだろう。「雑草」の視点を想像したところがいい。

次の募集テーマは「買い物」です。私が最近買ったものはダウンジャケットです。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。
絵=藤本将綱
ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。
