武田信玄の娘が、父が犯した5つの悪行を探る旅に。一気読み必至の歴史ミステリー小説『風林火山のむすめ』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/5/20

風林火山のむすめ
風林火山のむすめ(木下昌輝/双葉社)

風林火山のむすめ』(木下昌輝/双葉社)は、「やさしさ」と「にくしみ」が交錯する、至極のエンターテインメント歴史小説である。

 主人公の松姫(まつひめ)は、武田信玄の娘だ。歴戦の武者を相手に、競い馬で勝利するような勝気な少女である。彼女は同盟相手の織田信長の息子、信忠(のぶただ)に嫁ぐことが決まっていたのだが、信玄が織田家を裏切ったことで破算に。

 そこから松姫の、武田家の命運が大きく変わっていく。

 まもなく信玄は病により死に、息子の武田勝頼が当主となるも、長篠の戦いでは織田家に完全敗北。松姫の兄をはじめ、有力家臣は討ち死にし、残った家臣たちは次々と離反。坂を転がるように、武田家は凋落していく。

 19歳となった松姫は、自分の人生も、武田家の行く末も大きく狂わせた亡き信玄を、激しく憎悪している。戦力で明らかに差のあった織田家を敵に回すという愚行を犯した父。武田家を滅ぼすつもりだったのか。

 少しでも多くの敵を倒し、自らも死ぬ――。そんな悲壮な状況の中、松姫は兄の勝頼から「5つの封印紐」の話を聞かされる。封印紐とは、本人しか知らない特殊な結び方をする組み紐のことだ。

 生前、信玄は5つの封印紐を考案し、それを家臣に託した。そして、その封印紐の持ち主は、信玄が犯した“5つの悪行”の真実を知っているという。

「その秘密を探ってほしい」と勝頼に頼まれた松姫は、父への激しい憎悪を胸に、封印紐を集める旅に出る。

 しかし、その道のりは並大抵のものではなかった。かつての許嫁である信忠や、信玄に並々ならぬ憎しみを抱く謎の人物、長岌(ちょうきゅう)によって何度も窮地に追い込まれ……。

 本作、まさしく「一気読み」してしまった。

 5つの封印紐を探し出す。それら全てを集めると、信玄の隠した「宝の在り処」も明らかになるという、エンタメミステリー性。その過程で巻き起こる、因縁の敵らとの激しい命のやり取り。こういった活劇エンタメ展開も、本作の吸引力の一つであることに間違いない。

 明らかになる「悪行」の秘密には、信玄と、その妻たちの「想い」に心を打たれるものもあり、感情ドラマとしても濃厚な読み応えだった。

 こういった読みやすいエンタメ性の他に、深い部分には、もう一つ、読みどころがあるように感じた。

 本作は「やさしさ」と「にくしみ」の物語だ。

 松姫も本来は「やさしい」女性だ。しかし武田家崩壊によって信玄を激しく「にくむ」ようになる。

 最大の敵として、いや、陰の主人公と言っても過言ではない長岌は、「にくしみ」の塊として登場する。だが彼の心にも「やさしさ」はある。冒頭で幼い女の子を助けるシーンがあり、そこからも見境ない狂人ではないことが分かる(だが武田側の人間だと分かった途端、容赦のないところが、彼の徹底した信玄への憎しみを表現しているとも思う)。

 一人の人間の中に「やさしさ」と「にくしみ」が、まさしく組み紐を構成する色紐のように、複雑に織り混ぜられ、心の中に共存しているのだ。

 このテーマを背負う登場人物たちの「やさしさ」が、「にくしみ」や「恐怖」に打ち克てるか、その生き様を見届ける物語でもあったと思う。

 また松姫と言えば、許嫁と敵同士になり、世情に翻弄された悲劇のお姫様というイメージも強いが、本作では「戦う女性」として描かれているのにも驚いた。

 彼女もそうだが、信玄や信長、長岌といった歴史上の人物の「色付けの仕方」も、本作の大きな魅力だと思う。

「史料から掬い上げる情報を、そんな風に解釈したのか」と、驚かされると共に、決して荒唐無稽ではない、しっかりとした納得感と、新しい発見を読者に与えてくれる。松姫の魂の戦い。ぜひ読んでもらいたい一冊だ。

文=雨野裾

風林火山のむすめ