モコモコ髪が大きくなって家から出られなくなる?「ふつう」ってなんだろう? を考える、伊藤亜和のやさしい絵本『モプーはヘンダ』【書評】
公開日:2026/5/27

普通と違う。変わっている。これらが必ずしも「いじめ」のような言動に繋がるとは限りませんが、現実問題として、少数派が他人に奇異の目を向けられるのもまた事実。筆者も幼少期から「変わってる」と言われ続けてきた人間なので、相手に悪意がなくともその無自覚な視線や言葉が自身に影響を与える感覚は幾度となく感じてきました。
『モプーはヘンダ』(伊藤亜和:作、出口かずみ:絵/KADOKAWA)は、そんな自分の常識を基準とした「無自覚な差別」の生々しい感覚に切り込んだ、子供はもちろん大人が読んでもハッとさせられる絵本。著者の伊藤亜和さんは、note「パパと私」が2023年の父の日にX上で話題となり、糸井重里さん、ジェーン・スーさんなどから高い評価を受けて文筆家としてデビューした期待の新人文筆家。今回のこの『モプーはヘンダ』が、絵本としては初の刊行作品です。
本作品の主人公は、チョコレート色の肌とひつじのようなモコモコの髪を持つ小学一年生になったばかりの男の子モプー。初めて一人で小学校へ行く日、お気に入りの青いセーターを着て、モコモコのかみの毛をていねいにブラシでとかし、ぴかぴかのランドセルをしょって元気に家を出ます。

しかし通学途中、通りすがりの男性からトゲトゲした謎の塊が飛び出してきて、「ヘンダ! ヘンダ!」とキンキンした声で鳴きながらモプーの髪の毛に絡みついてきました。モプーがそのトゲトゲを取ろうとするも、すっかり絡まっていて全然取れません。モプーは仕方なくそのまま学校へ向かうことにしました。

そしてそのトゲトゲは、学校でも自己紹介をしたときや普通に勉強しているとき、好きなものを食べているときなどことあるごとにクラスメイトや友達から出てきて、嫌がるモプーの頭の中に入ってきます。でもモプーは決して嫌われているわけでも、いじめられているわけでもありません。むしろ人気者で、本人も友達に囲まれて楽しく学校へ通っていました。ただ、普通にしているのになぜか笑われてしまうだけ。

でもそんな生活を続けていたある日、モプーは突然学校へ行けなくなってしまいました。家から出ようとしているのに出られないのです。それは、たくさんのトゲトゲが絡みついた髪の毛のせいでした。

モプーを迎えにきてその様子を見た友達はびっくり。そこで初めて、みんなもモプーの髪の毛に絡みついているトゲトゲを目にします。そしてみんなでそのトゲトゲを取ろうと試行錯誤しますが――。
悪意のある差別は論外ですが、そうではない、普段の会話の中に織り込まれる「変わってるよね」「◯◯さんでもそう思うことあるんだー」などという無自覚に区別されていることを感じるワードも、場合によってはじわじわと心を抉っていきます。そうした言葉が積み重なることで、周囲と自分との間に越えられない壁や溝のようなものを感じてしまい、自分は周囲に溶け込めない、馴染めないという感覚が刷り込まれて身動きが取れなくなりかねません。
そしてさらに厄介なのが、いじめなどとは違って、モプーのように「そうなるまでの過程」で本人すらそれに気づけない場合もあるということ。自分と接していてみんなが楽しそうに笑ってくれるのは嬉しい、仲間がいるのは嬉しい、という感覚があり、むしろ率先してそうした役割を受け入れてしまうこともあるのではないでしょうか。筆者も思い当たる節があります。でも本当は、心のどこかで「自分は普通じゃないんだ」という孤独感や寂しさが膨らんでいることも。本作品は、そうしたことに改めて気づかせてくれます。
このあとみんなは、モプーからトゲトゲを取るためにたくさん考えた結果「あること」に思い至り、無事モプーを救出することに成功します。みんなが取ったのは、いったいどんな方法なのでしょうか? 何がどうやってその状況を変えたのか、ぜひ本作で結果を見届けてほしいと思います。きっとハッとして、これまでよりも誰かを思いやれる優しい人になれるはず。筆者自身も、無自覚なフィルターで他人を決めつけないよう、トゲトゲを生み出さないよう、広い視野を持って人と接していきたい所存です。
文=月乃雫
