歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第218回のテーマは「ぐらぐら」
公開日:2026/5/27
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年6月号からの転載です。


今回のテーマは「ぐらぐら」です。乳歯や地震やお湯などはわかるけど、同じくらい『ぐりとぐら』の歌が届いて驚きました。
●ぐらぐらになってきちゃったと言う声のする暗がりを覗きこみたり
(文階段文脈静・女)
「歯がぐらぐらになってきちゃった人が大きな口を開け、それを覗き込む」という作者のコメントがありました。その体験を短歌化するに当たって、歯や口という言葉を使わなかったところがいいですね。「声のする暗がりを覗きこみ」によって、不穏なイメージが広がりました。
●ぐらぐらのからだで開ける冷蔵庫「出口」とひかりに叫びたくなる
(麻倉遥・女・43歳)
実際には「冷蔵庫」の入口なんだけど、「ぐらぐらのからだ」の〈私〉には、この世界からの「出口」に思えたのでしょう。
●受理を待つ私の姓はいつまでが母と同じか 陽炎が立つ
(英梨)
「婚姻届を出した時から受理されるまでを待つ間のどの時点で名前は変わるのだろうとわからずにいます」との作者コメントあり。その間の揺れる心が「陽炎」と響き合うのだろう。「玉串を神に捧げて拍手を打ちし刹那に婚は成りしか」(奥村晃作)という歌を連想しました。「拍手」による「刹那」の成「婚」、これならぐらぐらする時間はないことになる。

●抜けかけの乳歯みたいな感情で体育館の裏に呼び出す
(中山里奈・22歳)
告白でしょうか。それともタイマンか。「抜けかけの乳歯みたいな」という比喩が印象的。
●整骨院前に釣られた骸骨は精肉店をまじまじと見る
(時裕美子・女・32歳)
商店街でそんな光景を見たことがあります。「肉」か。「肉」ってなんだっけ。なんだか懐かしい。「骸骨」は、そんなことを考えているのかもしれません。
●ぐらぐらと茹でられながらももももと白い何かを出してる卵
(稲野・男・25歳)
出しますね。あの「白い」のは、なんなんだろう。名前はわからないけど、「もももも」というオノマトペが実に感じを捉えている。

●あれがもし蜃気楼ならこの夏は本当を生きていける夢だ
(武田まゆ)
「あれ」と「蜃気楼」と「本当」と「夢」が混ざりあっている。でも、そのぐらぐら感の中にこそ、「生」の実感があるのかも。
では、次に自由題作品を御紹介しましょう。
●トイレの窓から君が覗くから天使かなと吐きながら思った
(杢野くも・女・15歳)
「トイレの窓から」「覗く」「君」なんてやばいのに、何故「天使」なんだろう。と思ったら、〈私〉が吐いていた。ということは、「君」は心配して見守っていたのか。ということは、やっぱり「天使」で合っているのかな。
●「春にだけ超能力が使えます」目には見えない花粉が分かる
(猪山鉱一・男・24歳)
そうか、「超能力」のない人には「花粉」は感知できないんだ。世界が裏返るような面白さ。

●サーターアンダギーを守らなくては仄温かい雨を走って
(村川愉季)
「サーターアンダギーを守らなくては」というささやかな決意が、異世界めいた幸福感を生み出している。
●さまざまな毛深い腹が映っては消える獣道の水たまり
(山下ワードレス)
視点がユニーク。一首の中に、普通は見ることのできない視界が広がっている。
●戦争が起きてもドアを開けたらモンシロチョウは羽ばたくだろうか
(シラソ・女・41歳)
「モンシロチョウ」は人間の「戦争」を感知できない。だから、あんなにも壊れやすい体で、世界に向かって「羽ばたくだろう」。
●ねえやっぱこっちが回っていたねって寄り添いながら話すサーモン
(稲野・男・25歳)
天動説か地動説か、回転寿司の「サーモン」たちは議論していたのだろう。回転レーンから降ろされて、初めて世界の真理がわかった。一皿に二貫載っているから「寄り添いながら」話せる。その仲良し感もいい。

次の募集テーマは「自己紹介」です。谷川俊太郎さんの「自己紹介」という詩は「私は背の低い禿頭の老人です」という一行から始まります。なんだか、凄いなあ。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。
絵:藤本将綱
ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。
単行本最新刊『短歌ください 反対に回して篇』好評発売中!
