結婚詐欺師の姪とその被害者女性が一緒に逃避行! 500万円を持ち出して“幻の百合”を探す、佐原ひかりの痛快ロードノベル『ペーパー・リリイ』【書評】

文芸・カルチャー

PR 更新日:2026/6/17

ペーパー・リリイ
ペーパー・リリイ(佐原ひかり / 集英社文庫)

 夏の気配が近づくと、無性に読み返したくなる物語がある。肌にまとわりつく生ぬるい空気、じりじりと照りつける太陽、そして二人の女が繰り広げる奇妙な逃避行――。佐原ひかり氏の青春ロードノベル『ペーパー・リリイ』(集英社文庫)だ。

 17歳の高校生・野中杏は、育ての親である結婚詐欺師の叔父と暮らし、平穏な毎日を過ごしていた。夏休みのある朝、家に見知らぬ女性が現れる。キヨエと名乗る38歳の女は、叔父と結婚するつもりで交際し、300万円も騙し取られていたという。叔父の稼ぎで何不自由なく暮らしている杏は、詐欺師のこどもであることに内心後ろめたさを抱いていた。キヨエの傷ついた顔を見た杏は、彼女を使って罪の意識を解消しようと、叔父への仕返しを提案する。

 杏は家にある500万円を持ち出し、「キヨエと百合を見にいく。八月十三日。返して欲しかったら追っかけてこい!」と書き置きを残して、キヨエが運転する車に乗り込んだ。二人が目指すのは、N郡T町にあるという、お盆の3日間だけ咲く幻の百合の群生地。いつか一緒に見にいこうと、叔父がキヨエと約束していた場所だった。結婚詐欺師の姪とカモられた被害者は、幻の百合を探す1週間限定の旅に出るのだが……。

 年齢も性格も異なる杏とキヨエは、旅の途中で事あるごとに衝突を繰り返す。コミュ力に優れ、自己肯定感も高い杏からすると、自分の殻を打ち破れないうじうじしたキヨエは、もどかしくてイライラさせられる存在だ。だがキヨエの方も、杏が思っているほど単純な女ではない。そんな二人が繰り広げる言い争いは、よい意味でハイテンションかつ暑苦しく、汗ばむ夏の空気感と相まって物語に独特の熱さと勢いを与えている。さまざまなアクシデントに見舞われながら、旅を続ける杏とキヨエの関係の変化、そして二人の間に漂う独特のヒリヒリした空気は、本作の何よりの見どころだ。

 メインの二人に加えて、作中には他にも一癖も二癖もある魅力的なキャラクターたちが登場する。ヒッチハイカーのファンキーな老女・えなっちゃんは、枠に縛られない自由な姿が格好よく、杏は意気投合して彼女の生き方に憧れる。また、アクシデントで車を失い行き倒れていた二人を助けてくれた、気前のよい金持ちの青年・ヨータも、朗らかな姿の裏に弱さを隠し持っている。ヨータはその弱さを押しつぶすように杏に危うい提案を持ちかけ、キヨエはそんな二人を止めようと必死になるあまり、とある特技を繰り出してみせる。それぞれの思いが交錯するその光景はしかしなんともシュールで、思わず笑いがこみ上げるだろう。綺麗事だけでは割り切れない人間の多面性を捉え、複雑に絡み合う感情に切り込む筆致は、実に鮮やかだ。

 物語は勢いを落とすことなく、ラストまでアクセル全開で走り抜ける。最後まで読み切った読者は、爽やかな敗北感に浸れるだろう。むせかえるような熱量と疾走感が心地よい、「女女小説」。この夏は、そんなひりつくような熱を帯びた物語に、どっぷりと浸りたい。

文=嵯峨景子

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