『黒牢城』を読んだ人にこそ『氷菓』をすすめたい。米澤穂信が描き続けるのは「謎の先にある“人の心”」【書評】
PR 更新日:2026/7/1

本木雅弘はじめ、豪華キャストで実写映画化され、現在公開中の小説『黒牢城』(米澤穂信/KADOKAWA)。織田信長に反旗を翻し、有岡城(伊丹城)に立てこもる城主であり主人公の荒木村重の名前は知らずとも、村重の手により城の地下に幽閉された黒田官兵衛の名前は、NHK大河ドラマで演じた岡田准一とともに思い出す人は多いだろう。
興味をそそられページをめくってみれば、ガチの歴史小説の風采におののいて、読むのを諦めてしまった人もいるかもしれない。しかし、どうか、ページをめくり続けてほしい。直木賞だけでなく、山田風太郎賞を受賞し「このミステリーがすごい!」1位にも選ばれた本作は、史実をベースにした歴史小説であるとともに、ゴリゴリのミステリー小説。次から次へと起きる城での怪事件と、その謎を地下牢から解き明かしていく官兵衛、そして村重の人知れず抱え込んだ葛藤が折り重なって、読めば読むほど心がつかまれていくこと、うけあいである。
米澤穂信という作家の変わらぬ本質。『黒牢城』と『氷菓』の共通点

そしてこの作品、著者・米澤穂信氏の代表作のひとつである『氷菓』と共通点が多い。『氷菓』は、高校の「古典部」なる一風変わった部活に所属する少年少女の青春と謎を描いた人気シリーズの1作目。文体はもちろん、設定もなにもかもちがうだろう、似ているはずがあるものか、と言いたくなる気持ちもわかるが、両極にあるように見えるからこそ、米澤穂信という作家の変わらぬ本質、みたいなものが浮かび上がってくるのである。
共通点①謎は「人の心を守るために生まれるもの」として描いている
『氷菓』では、おそろしき姉の厳命により古典部に入部することとなった、折木奉太郎が千反田えるという少女と出会うところから始まる。えるは、かつて古典部の部員であり、今は失踪してしまった伯父とのあいだに残されたわだかまりを解消すべく、奉太郎を頼る。そして、伯父の残したとある文章を見つけ出すのだが、その文章にまつわる謎を解き明かすために「いつ、だれが、どうやって、なんのために」をひとつずつ検証していく。
もちろんそれはどんなミステリーにおいても、謎を解くための基本で、言わずもがなの基本だが、『氷菓』でも『黒牢城』でも、米澤氏が大事にしているのは、その結果導き出される人の心であるような気がする。実際、映画『黒牢城』のうたい文句にも“「心」を読め”とあるように、謎は人が生み出すもの。誰かを想う気持ちや、強い信念、立場にあるべきふるまいをまっとうした結果、誰かを欺いてでも隠しとおさねばならないものが生まれる。凝ったトリックや不可思議な謎は、それじたいが目的ではなく、むしろ、解き明かしてみれば人の心を守るために生まれるのだと、どちらの小説を読んでいても感じるのである。

共通点②真相を暴くのではなく、誰かの痛みに寄り添う物語である
だから、どちらの作品でも、謎を解くことは、ただ真相を暴くことではない。むしろ、目の前の謎が解けたとほっとしかけたそのとき、もう一歩踏み込んだ奥に、見過ごされそうになっていた謎とともに、別の誰かの痛みが浮かびあがる。
もちろん、描かれる謎の質はずいぶんちがう。たとえば『黒牢城』では、誰も近づけなかったはずの虜囚が矢で貫かれて死んだあげくに、その矢が見つからないだとか、打ち取ったときは穏やかな表情を浮かべていた敵兵の首が、いつのまにか苦悶に歪んでいたなんていう、血なまぐさい事件ばかりが起きる。対して『氷菓』で奉太郎たちが直面するのは、いつのまにか密室になっていた教室や、毎週必ず貸し出される本など、日常の一コマにすぎないささやかな謎ばかりだ。
けれど、『氷菓』でえるの伯父が残した〈争いも、犠牲も、先輩のあの微笑さえも、全ては時の彼方に流されていく。〉〈全ては主観性を失って、歴史的遠近法の彼方で古典になっていく。〉という言葉が伝えたかったものは、実は、『黒牢城』で村重が抱き続けていた葛藤と、同じなのではないか。いちいち心を砕いていては疲れるだけだから「そういうもの」として処理してしまう誰かの痛みを、かけがえのない個人の心としてとり戻す。そのために何ができるのかを考え続ける人々の誠実な想いを、米澤氏は謎で覆い隠しているのではないか、と思うのだ。
そしてその謎を、主人公と一緒に読者が解き明かすことで、現実に、一筋の光を照らそうとしているのではないか、と。
『氷菓』『黒牢城』に通ずる読み心地

かなり強引な、こじつけの深読みかもしれない。それでも、『黒牢城』の事件がひとつずつ解き明かされてすっきりする裏で、割りきれない想いの残滓が積もっていく、その読み心地が『氷菓』に通じる気がしたのは本当だ。『黒牢城』ではじめて米澤氏を知った人には、ぜひ『氷菓』に触れてそのタイトルにすら隠された謎を解き明かしてほしいし、『氷菓』でその謎に心を衝かれた人はぜひ『黒牢城』の牢にとらわれていたものの正体を知ってほしいのである。
文=立花もも
