突然“神”として崇められ始めた母、その行く末は――。三浦しをんが「カリスマ」をテーマに描き出す5つの連作短編集【書評】
PR 更新日:2026/6/26

生きるということは、それじたいがけっこう、さびしいことなんじゃないかと、三浦しをんさんの小説を読んでいると、ときどき思う。人はどうしたって孤独から逃れられない。だからこそ、強烈に心奪われる何かに出会うことで、生きる意味を見出そうとするのではないかと。そしてその出会いは、人を健やかにもあぶなげにもする。カリスマをテーマにした連作短編集『夜の恩寵』(集英社)で描かれるのは、後者である。
第一話の主人公・輝久は、ある日突然、離れて暮らす父から「助けてくれ」と電話を受ける。いわく、母がおかしい。それ以上の説明をしてもらえないまま、東京から福井の実家に帰省した輝久は、母が時折、「ヌチガミさま」と呼ばれる何かをおろして、近隣の人々を癒し、そしてお告げをする存在として崇められていると知る。母への敬意をあらわすように、実家に大量につるされた町の人たちの杖。増え続ける万年青(オモト)。はたして、母の力が本物なのかどうかは、わからない。わかるのは、みんなが望むことを言い、ふるまう母が、人の心をつかみ続けているということだけ。
輝久もまた、母の魅力にとりつかれた一人だった。幼いころに実母を亡くした輝久の前に、10歳のとき新しい母として現れた喜久美は、新しくできた息子に過剰な気を遣ったりはしなかった。無邪気にまっすぐ輝久に手をさしのべ、未知の世界へと連れ出してくれた母は、あまりにも強烈な光で、離れて暮らす今も、輝久はその影響から逃れることができないでいる。
光は、希望だ。けれどあまりに強すぎる光は、理想的すぎる希望は、人の目をくらませる。別の主人公、未千もまた、その光にのまれてしまった一人である。夢見、といういわゆる予知夢のたぐいを見ることのできる一族に生まれた彼女は、二十を超えてから、その力が花開く。そしてあるとき、夢を見るのだ。夫とのあいだに、できないと思っていたはずの子どもを授かる夢を。夢のなかで、未千はその子を産み、そして育てる。眠るごとに子どもは成長し、夫とともに慈しむ。その幸せすぎる夢は、彼女に、現実との境目を失わせてしまう。夢からさめることなく、その子どもが見せる強すぎる光にのまれて、目がくらんでしまうのだ。
孤独を癒してくれる誰かも、夜のあいだだけ見る夢も、つかのまの安らぎだからこそ、生きる力となってくれる。でも、人生の主軸が、自分の「今」ではなく、その誰かや夢になってしまったとき、人は大事なものを見失う。カリスマ、というのはすなわち、主体性を奪う存在なのだということが、本作を読んでいるとよくわかる。
だけど、もしそんな強い光を放つ存在に出会ったら、自分は正気を保ち続けられるだろうか。誰かの支配や夢が見せてくれる居心地の良さから、抜け出すことができるだろうか。さびしさを抱えながら、自分だけの現実を、ひとり歩むことができるだろうか。――できる、とは言い切れない。そんな人こそきっと、この小説の虜になる。
文=立花もも
