おいしいお酒と絶品のお通し、ときどき幽霊。川上弘美が描く、心ほどける『スナックふたり』の温かな人間模様【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/7/8

スナックふたり
スナックふたり(川上弘美 / 中央公論新社)

 小さな街のかたすみで、今日も看板に灯りがともる。からん、とカウベルを鳴らして扉を開ければ、「いらっしゃ〜い」とふたりの女性の声が出迎える。席に着くと、すぐに差し出されるのは、あついおしぼり。「二時間で、三千五百円。いいかしら」「何作りましょう?」――初めての店に感じていた緊張はどこへやら。気づけば、おいしいお酒とお通しに舌鼓を打ち、ふたりの「ママ」と常連たちとの取るに足らない会話に心地よさを感じてしまう。

 川上弘美さんの『スナックふたり』(中央公論新社)を読むと、自分もこのスナックの客になったような気分にさせられる。本作は、スナックを営むふたりの女性と、そこに集う客たちの人間模様を描く。この本を肴に水割りでも飲みたくなってくる一冊だ。

美味しい酒と、肴。スナックでほどけていく心

 主人公は、自称年齢が30代から70代まで幅広い、年齢不詳の女性コンビ・司と逸子。ふたりが切り盛りする「スナックふたり」には、連日、個性豊かな客たちが集う。お湯割りの焼酎、氷多めのウイスキー、炭酸割りのブランデー、生ビール。アテは、キャロットラペやれんこんの梅あえ、ミニトマトの出汁漬け、手羽先を柔らかく煮たものなど、日によって変わるが、どれもおいしそうだ。

『センセイの鞄』(文春文庫)を読んだ時にも感じたが、川上弘美さんほど、お酒と肴をおいしそうに、そして酒の場で育まれる人と人とのつながりをあたたかく描き出す作家はいないのではないか。同じ空間で酒を飲み、つまみに箸をのばし、盃を重ねる。それだけで、年を重ねた客たちの心はすっかり和んでいく。近すぎず、遠すぎない。踏み込みすぎないのに、なぜか客たちは本音をこぼしてしまう。

おかしな客たちの中に、幽霊も混ざっている

 そんな店には、どうしてこうもおかしな客が集うのだろう。最高気温7度の日に、Tシャツ、半ズボン、ビーサンという出で立ちで現れ、常連客・しーやんの指定席に腰かける「本家しーやん」。焼鳥屋を営んでいた82歳のタカハシちゃんが連れてきた、妙に若く、妙に厳しい女。乾燥納豆の匂いを「人魚の匂いがする」と言う、いけすかないツカちゃん。誰も彼も少しずつ変だ。しかも、何を隠そう、この居心地のよい店に集うのは人間ばかりではない。この世ならざる客、つまりは幽霊も混ざっているのだ。

 たとえば、ある時、店を訪れたのは、ランドセル姿の小学生。「あとから、大人のひとが来るの?」と聞けば、「ぼく一人です」「だってぼく、ゆうれいだから」と答える。何でも、ゆうれいのネットワークのようなところで、このスナックは有名になっているらしい。「ハイボール、一ぱいください」と当たり前のようにお酒を注文する少年をたしなめると、「でもぼく、しんでからも、もう三十ねん、いきてるんだよ」なんて生意気なことまで言い出す。

幽霊って、こんなにも愛おしいものだったっけ

 幽霊と聞くと、それだけで恐ろしさを感じる人もいるだろうが、改めて考えてみてほしい。本当に幽霊は恐ろしいものなのだろうか。もし、身近な人が幽霊として現れてくれたら、思わぬ再会に私なら胸がいっぱいになる。というか、むしろ、今すぐ出てきてほしい。年を重ね、大切な人を何人も見送ってきた人ほど、そう切実に感じるのではないだろうか。この店に現れる幽霊たちは、その多くがママや客たちとどこかで関係している。なかには、自分が何者なのかさえ分からず、手がかりを探している心もとない幽霊も。「あれ、幽霊ってこんなにも愛おしいものだっけ」。この本を読んでいると、ついそう思わされてしまうのだ。

息の合う女ふたりが守る場所

 数々の不思議な出来事を経て、ますます絆を深めていく司と逸子。ふたりの友情にもグッとくる。ふたりはベッタリ寄りかかり合うわけではない。けれど、互いの呼吸をよく知り、酒を作り、お通しを出し、客にさりげなく言葉をかける。ときには危機が襲いかかるが、それでもこのふたりなら大丈夫だろうと思わされてしまう。そんなふたりが守る場所だからこそ、読んでいるこちらまで、この店の扉を開けてみたくなるのだ。

 私の街にも、こんな場所があったらどんなにいいだろう。ママたちや、化けて出てきた大切な人とともに、そっと酒を酌み交わし、とりとめのない話をし続けたい。川上弘美さんならではの穏やかな筆致と、ユーモアが満載。ちょっと不思議で、笑えて、ジーンと泣ける。今夜は誰かと、たわいもない話をしながら一杯飲みたくなる。そんな大人のための一冊だ。

文=アサトーミナミ

スナックふたり

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