声なき声をすくう声――浅井音楽が読む、成清朔『彼方の幽霊』【n人のブックウォッチャー】

文芸・カルチャー

公開日:2026/8/7

作家やクリエイター、お笑い芸人、音楽アーティストなど、多彩なジャンルで活躍する人たちが、心に残る一冊をセレクトして、自身の言葉で紹介! 本を選んだ理由やそれぞれならではの視点を通して、本との新しい出会いや、読書の楽しみを届けます。

『彼方の幽霊』
『彼方の幽霊』(成清朔/青土社)

 わたしの花だけが咲かなかった。
 小学生のころ、アサガオを育てる取り組みがあった。

 偽物の空めいた色のプランターを靴として、行儀よく朝礼みたいに並んでいるアサガオの群れのうち、わたしのプランターだけがぽっかりと沈黙していた。

 先生は「残念だったね」と言ったけれど、わたしはちっとも残念だとは思わなかった。
むしろ誇らしかった。わたしのアサガオだけは、誰とも似ていない特別な色で咲くと思っていたから。

 わたしのアサガオは現実に咲かなかったけれど、わたしの脳の奥で弾けるように咲いた。それは、わたしだけが知っている特別な色だった。

 しかし当時のわたしは、その感動を表す言葉を持っていなかった。だから探した。探すうちに見つけた言葉を連ねていくと、それは次第にわたしの文体になっていった。文体を束ねたものはやがて本になり、いつのまにかわたしは本を書くことを仕事とするようになった。

 そしてある日、ダ・ヴィンチWeb編集部から、「浅井さんがおすすめする本の書評を書いてみませんか」とお誘いを受けた。紹介したい本ならいくらでもあったけれど、まずはこの本だと思った。

彼方の幽霊』(青土社)は海のちかくで生まれた詩人の初詩集。2025年末、私家版として制作された詩集が、中原中也賞の受賞後、今年4月に青土社から改めて刊行された。

 そのスピード感が話題となり、特別詩の業界に詳しいわけでもないわたしの耳にまで届いてくれたおかげで出会うことができた。

 手に取り、頁を開いた瞬間、迷うもののための灯台のような本だと思った。どこまでも個人的なことが、個人的なまま世界に開かれている。わかりやすい言葉ではない、伝えるための言葉でもない、揺るがすための言葉。

「詩集はどう読めばいいのかわからない」と思う人もいるかもしれない。この詩集はそんな人にこそおすすめしたい。なぜなら、この詩人は、わからないことをわからないまま差し出してくれるから。そして「それでもわかりたい」と思わせてくれるからだ。わたしは、そういう詩が好きだ。そういう詩を読みたいと思うし、そういう詩が作られ続けてほしい、と思っている。自分だけが知っている価値について、自分だけがわかる言葉で表現されている、そう感じられる詩はほとんどない。

 自分の脳髄を庭として咲いた花の色を語る言葉を、まだ見つけられずにいるわたしにとって、この詩集はまぶしく光る。

 詩人もまた、それぞれの孤独へ潜った先に見つかる深く暗い輝きについて、探し続けているようだ。本を開けば、その道のりをたどることができる。

 必要な覚悟がひとつあるとするならば
 それは、探し続けるということではないでしょうか
(「彼方の幽霊」)

 朝と夜。雄と雌。蛹と蝶。ただそこにあるだけのものを区別しようとする切り取り線の線上から、世界の感触を切り分けることなく掬い取って差し出されている。

隔週金曜日の放課後、思春期になるとひとりにひとつ配布される灯台について、それは攻撃的でも保守的でもない鉢植え、直射日光の当たらない涼しくて、暴かれない場所に存在しているはずの内臓であると、ミルフィーユ状の西日を浴びながら彼らは静粛に聞いている、戸締りは最後のひとがしてくださいと言い残された黒板を、白いチョークで丁寧に塗りつぶしているうちに、人工的な光が灯りはじめている
(They)

 命が奪われてはならないように、命を語る言葉も奪われてはならない。自らを名指す言葉を持たないからといって、外から見える属性と、命とを同じに扱ってはならない。

 どんな属性を持っていてもそれは属性でしかない。命は属性そのものではない。どこに属していても、どこにも属していなくても、それは命を踏みにじっていい理由には決してならない。その当たり前で、当たり前すぎるからこそ見落とされてしまう前提を、詩人は鮮やかに抉り出してくる。

分けられる、というのは思い上がりだと気づいてくれ、と思いながら改札を通り抜ける、教習所で習ういくつかの標識は見慣れていくのに、制服に袖を通せばたちまち忘れたり、浴槽のなかでときどき思い出したりする、名前とは異なるもの、何かを言わなくてはいけないんだっけ、こっちを見ないでくれ、違う、デルタ、ここはきみの場所でもある
(They)

 清らかなさみしさをたたえた詩人の言葉に触れるうち、この人が言葉を持っていてくれてほんとうによかった、と思った。わたしはこの詩人の顔も声も知らないのに、知らなくても、知らないから、知らないままでそう思える。すぐれた詩にはそういう力がある。

 特に表題作でもある『彼方の幽霊』は、遠い国からの交信めいた勇気をもらえる。

彼方の幽霊たちへ
わたしたち、迷っていきましょう
じぶんの櫂をつよく握って
とびきりの布を纏い、被り、抱きしめながら
それぞれのパレードをしていきましょう
(彼方の幽霊)

 迷いを纏って、めいめいに輝く。誰かの作った仕組みや枠組みに囚われることのない命を歌う。そのために、あなたにこの本を読んでほしいと強く思う。そして、誰とも分かち合えないあなただけの光をあなたのうちに見つけられることを願っている。

きみを創った喉の
小さな硝子の軟骨が
その声帯が
きみの意志で震えるのを
あたしは客席で待っている
きみのことばが生まれる

さあ、光れよ
(creo)

※詩『They』は2026年6月7日現在、著者のnoteにて全文公開されています。
https://note.com/narikiyosaku/n/n1aaeb6b8ef12

◆浅井音楽さんが紹介した本
『彼方の幽霊』(青土社)
https://amzn.asia/d/08BG8WVc

【プロフィール】
浅井音楽 ONGAKU ASAI

臨床心理士、エッセイスト。
著書にエッセイ『しゅうまつのやわらかな』(つくみず:画)、詩文集『ぬいぐるみ投げてたら日曜日が終わった』がある。木漏れ日とからあげが大好き。
Xアカウント https://x.com/asai_music

<第2回に続く>

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