どうしようもない悲哀、どうしようもない笑い――永井玲衣が読む井伏鱒二『厄除け詩集』【n人のブックウォッチャー】

文芸・カルチャー

公開日:2026/8/7

作家やクリエイター、お笑い芸人、音楽アーティストなど、多彩なジャンルで活躍する人たちが、心に残る一冊をセレクトして、自身の言葉で紹介! 本を選んだ理由やそれぞれならではの視点を通して、本との新しい出会いや、読書の楽しみを届けます。

『厄除け詩集』
『厄除け詩集』(井伏鱒二 / 講談社)

 こころというものは、わたしの内側にあるようなのに、外側からみしみしとわたしの身体を押しつぶそうとしてくるような肌の感があり、これが何なのかよくわからないうえ、どうやら死ぬまであるものらしい。「とりあえずあなたはここにいるようになりました。人間には不安とか、みじめさとか、滑稽さとかがあったりします、いろいろあたふたしてみてください。ちなみに必ず死にます」という世界の態度に「あっ了解です」と、よくわからなかったが、やっていくうちにまあ流れでいけるだろうから、とりあえず返事しておけというバイト初日みたいな気持ちで生きてきてしまった。

 バイト初日人間は、当然のことながら特に何のはたらきもすることなく、あてどなさだけを漂わせている。ここにおいて自分の存在は余計なのだなとじんわり思いつつ、いや呼んだのはそちらでしょうという苦い開き直りもある。バイト初日人間は厄介で気難しい。先輩のこうすべきだという指示にも「なるほどですね」などと余裕ぶってしまう。

 ぐったりと誰もいない休憩室に腰をおろすと、また「みしみし」がやってくる。視界が狭くなる。汗がふきだす。呼吸が浅くなる。食べたくもない菓子パンを一口かじって袋に戻すと、目の前に詩が座っていたことに気がつく。詩は、何かを言っている。

なだれ


峯の雪が裂け

雪がなだれる

そのなだれに

熊が乗つてゐる

あぐらをかき

安閑と

莨(たばこ)をすふやうな恰好で

そこに一ぴき熊がゐる

 バイト初日人間は、あんぐりと口をあけて聞いている。詩はとぼけている。「みしみし」のことは、とっくに忘れている。

 井伏鱒二というふざけた名前の詩人に、なんとかしてもらったひとは数知れないだろう。本人は助けるつもりも、助けたつもりもないだろうが、勝手に読み手は助かってしまうのだ。だが、ためになる話とか、安心とか、共感のようなものを授かるわけではない。だって、なだれに熊が乗ってあぐらをかいているという詩から、どんなすばらしい「教訓」を得ればいいのか。それにもかかわらず、この詩はわたしのいちばんやわらかいところを慰める。涙がどぼどぼ出る。心底愉快な笑いがある。

「庶民文学の巨匠」と井伏鱒二は言われる。庶民とは、ふつうのひとのことだ。ふつうのひととは、バイト初日人間のようなひとのことでもある。井伏鱒二は、わけのわからない世界にうろたえながらも、ふん、こんなことを言ってみることだってできるのだ、と言葉で少しだけ何とかやってみたのかもしれない。

「どこに行つて来たと拙者は子供にきく / 母ちやんとそこを歩いて来たといふ / 凍えるやうに寒かつたかときけば / 凍えるやうに寒かつたといふ」(歳末閑居)。「けふ顎のはづれた人を見た[……] / ぱつくり口があいたきりで / 気の毒やら可笑しいやら / 私は笑ひ出しさうになつた / 「ほろをん ほろをん」 / 橋の下の菖蒲は誰が植ゑた菖蒲ぞ / ほろをん ほろをん」(顎)。

 このあたたかなわびしさは何だろう。このどうしようもない悲哀と、どうしようもない笑いは何だろう。
 かれの詩は、世界を組み敷いて、屈服させるわけではない。そんな強引さはない。

「今年の寒さは格別だ / 寒さが実力を持つてゐる / 僕は風邪を引きたくない / おまじなひには詩を書くことだ(冬)」。

 風邪を引かないために詩を書く。あくまで、おまじないとして。やっぱりとぼけている。そしてそれは、わたしたちの硬くなった身体を熱い指でくすぐり、どうしようもなく慰めるのだ。

文=永井玲衣

◆永井さんが紹介した本
厄除け詩集 (講談社文芸文庫)

【プロフィール】
作家 永井 玲衣 REI NAGAI

人びとと、ききあい考えあう対話の場を各地でひらく。著書に『水中の哲学者たち』(晶文社)『世界の適切な保存』(講談社)『さみしくてごめん』(大和書房)『これがそうなのか』(集英社)。第17回「わたくし、つまりNobody賞」受賞。詩と植物園と念入りな散歩が好き。

<第4回に続く>

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