中村倫也主演でドラマ化『ハヤブサ消防団』シリーズ待望の新作! 池井戸潤が描く、のどかな田園地帯を揺るがす大事件【書評】

文芸・カルチャー

PR 更新日:2026/8/7

ハヤブサ消防団 森へつづく道
ハヤブサ消防団 森へつづく道(池井戸潤/集英社)

 物語には、作家がどうしても書かなければならなかったと思わせるような、特別な熱量を帯びた作品がある。読む者の心を強く揺さぶり、物語の奥深くへと引きずり込んでいく——本作『ハヤブサ消防団 森へつづく道』(池井戸潤/集英社)は、まさにそんな一冊だ。

 柴田錬三郎賞を受賞し、中村倫也主演でテレビドラマ化された田園ミステリ『ハヤブサ消防団』の続編となる本作。舞台は、池井戸作品では珍しく、自然豊かな山間の田舎町だ。そこには、どこか懐かしく温かい人々の暮らしと、のどかな日常が丁寧に描かれている。だからこそ、その土地を揺るがす事件と次第に明らかになる真実に、ページをめくる手が止まらなくなるのだ。

人気作家に浮上したある疑惑、その裏に隠された真実とは

 主人公は、東京から亡き父の故郷である八百万町ハヤブサ地区へ移り住んだミステリ作家・三馬太郎。移住から数年が経ち、地元の消防団員として地域に溶け込みながら創作活動を続けている彼の前に、今回、強力なライバルが現れる。それは、今をときめく若手作家・北原未南。第二次世界大戦前夜を舞台にした歴史ミステリで注目を集め、テレビでも活躍する未南は、類まれなる美貌と華やかな存在感を兼ね備えた人物だ。やがて太郎と未南は、直木賞の前哨戦ともいえる文学賞にそろってノミネートされる。彼女を差し置いて自分が受賞することなど想像もできない太郎だが、そんな未南にはある疑惑が浮上して……。

 ミステリアスなライバルの存在に翻弄される太郎と同じように、私たちも未南から目が離せなくなる。彼女は笑顔を見せるだけでその場がぱっと華やぐような美しい女性。それでいて、何かを胸の内に抱えているようにも見える。たとえば、講演のため八百万町を訪れた彼女は、「本来自分がいるべき場所にいるような、そんな懐かしさを感じた」と語る。そして、少し淋しげな笑みを浮かべながら、こうも言うのだ。

「私、人にはそれぞれ世に問うべき作品があるような気がするんです」
「その作品って、自分に運命づけられたような背景を伴っていて、もしかすると自分の好みとも違うかも知れない。だけど自分が書くからこそ意味のある小説って、あるんじゃないかと」

 その言葉の奥には、何が隠されているのだろう。真意を探る太郎とともに、私たちもまた、小説家にとって小説とは何なのかということを考えずにはいられない。未南の言葉には、池井戸潤自身の「なぜ小説を書くのか」という思いまで重ねられているように感じられる。本作が描くのは、人気作家をめぐる謎だけではない。作家は何を背負い、なぜ物語を書くのか。そんな根源的な問いもまた、物語を貫いているのだ。

人々の温もりと絆が息づく、ハヤブサという土地

 創作の意味をめぐるテーマにさらに奥行きをもたらしているのが、物語の舞台となるハヤブサという土地だ。池井戸は前作を「空想の衣を纏った記録小説」と表現したが、本作にもまた、彼が長く心に刻んできた故郷の記憶がにじんでいるようだ。田舎で暮らす人々の息遣いと生活の手触りは、読んでいるこちらにも、どこか懐かしく感じられる。消防団の仲間が立候補し、手伝いに駆り出される町長選。どこからともなく広がっていく噂話。新しく移り住んできた人との微妙な距離感。外で待ち合わせるのではなく、互いの家を訪ねて語り合う地域のつながり。夜は仲間たちと町唯一の居酒屋に集まり、酒を酌み交わしては他愛のない会話を重ねる日々。そこには、人と人との距離が近いからこその温かさや、密なかかわりがある。前作では移住者だった太郎も、今ではすっかり町の一員だ。火災が起きれば消防団員として駆けつけ、若いシングルマザーの変死事件に遭遇すれば、その真相を追おうとする。町のこととなれば、もはや他人事ではいられない。その行動には、ハヤブサへの深い愛着が表れている。前作から読んできた人にとっては、ますますこの土地を愛するようになった太郎の変化と、文学賞候補に名を連ねるまでになった作家としての飛躍も、大きな見どころといえるだろう。

お盆にこそ読みたい故郷の物語

 そして、太郎が町の問題に関われば関わるほど、人気作家をめぐる疑惑と八百万町で起きる出来事は、切り離せないものになっていく。やがて、それぞれの問題は一本の線となり、地域を揺るがす巨大な疑惑へと発展していく。田舎ならではの温かさとしがらみ。そこに残り続ける人々の記憶。遠い過去と現在の暮らしが地続きになっているからこそ、本作は単なる謎解きの物語では終わらない。

「何が起きてるんですか、この八百万町で」

 その答えを追った先で、私たちは何を目にするのか。故郷へ帰省する人も多い夏、本書はきっと、身近な人や地域とのつながりを見つめ直すきっかけをくれる。事件の真相を追う面白さの先にあるのは、池井戸潤がどうしても書かずにはいられなかった土地と人の物語。前作を愛した人はもちろん、シリーズを初めて読む人にも、この夏ぜひハヤブサ地区を訪れてほしい。

文=アサトーミナミ

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