SNSの「消えてほしい」が連続殺人を引き起こす!? ネットの気軽な殺意が現実になる下村敦史の極上ミステリー『あいつも誰かに殺される』【書評】
PR 公開日:2026/8/26

SNS上にあふれる、誰かの死まで願う暴言。もし、それに賛同し、憎まれた人物を順番に殺していく殺人鬼が現れたとしたら……。
ああ、もう、そんな設定だけで先を追わずにはいられない。SNS上の“気軽な殺意”を、何者かが代わりに実行していく異様な連続殺人を描くのが、『あいつも誰かに殺される』(集英社)。『闇に香る嘘』『同姓同名』などで知られる下村敦史氏が、今の時代の不健全な空気を巧みに切り取るノンストップミステリーだ。
SNS上の暴言をそのまま実現させる、死の神・タナトス
物語は、SNSアプリ「リアリズム」に、死の神「タナトス」を名乗るアカウントが現れたことから始まる。
「お前の望みどおりタナトスの影が覆い、鈴木健三には無残な死が訪れるであろう」
その投稿には、まるで「俺がお前の願望を叶えてやる」とでも言いたげに、別のユーザーが書き込んだ鈴木健三という人物の死を願う投稿のスクリーンショットまで添えられていた。誰もが悪質ないたずらだと思っていた。ところが、名指しされた鈴木健三は、本当にビルから転落して死亡する。しかもその後も、会社員、教師、イラストレーターと、年齢も性別も職業も、住む場所さえ異なる人々が次々に殺されていく。被害者に共通するのは、誰かがSNS上でその死を願い、タナトスが死を予告していたことだけだった。
SNSを味方につけた、あまりにも手強い犯人
捜査にあたるのは、捜査一課の警部補・虹ヶ谷礼太郎と刑事・音羽沙織。しかし、タナトスの存在が知れ渡るにつれ、事態は混乱を極めていく。たとえば、SNS上では、「憎い相手を殺してもらえるかもしれない」と考えた人々が、次々に殺害を望む言葉を書き込み始める。さらには、タナトスを名乗る模倣アカウントが乱立し、警察には「自分の命が狙われている」という相談も殺到する。
犯人はひとりなのか、複数なのか。新たな事件はタナトスの犯行なのか、便乗した別人によるものなのか。そもそも、殺害を望んだ人物と、実際に手を下した人物は別かもしれない。実行犯と被害者にも、何の接点もないかもしれない。普通のミステリーなら、事件が増えるほど犯人像は絞られていくはずだが、この物語では、死者が増えるほど、犯人像はむしろぼやけていく。殺害の手口もばらばら。追えば追うほど真相は遠ざかり、犯人はSNSの巨大な群衆の中へ紛れ込んでいく。……これほど手強い犯人が、ほかにいるだろうか。捜査の手がかりになるはずの情報が、逆に捜査をかき乱していく。その途方もなさに、読んでいるこちらまで犯人へと続く糸口を見失いそうになる。
自分の中の暗い感情を増幅する、SNSという装置
そして、読み進めるうちに何度も思う。「どうして下村敦史は、今の世の中を、SNSの闇を、ここまでありありと描けるのだろうか」と。
このミステリーには、妙な現実感がつきまとう。タナトスの投稿を面白がり、事件を娯楽のように消費する人。自分の投稿が事件を誘発しても、「勝手にやったこと」と責任を切り離す人。そうした人々の姿は、現実のSNSに渦巻く感情の延長線上にあるように思えてならない。
けれど、彼らを「愚かな群衆」と切り捨てることはできない。だって、私たちは、SNSが胸の奥にくすぶる苛立ちや憎悪を、指先ひとつで増幅させる場所であることを知っている。SNSを使っていると、自分こそが正義だと思えてしまうことも、誰かの強い言葉を思わず拡散したくなることも知っている。さらに、読み進めるほど、一方的な言葉をうのみにし、事情も知らない誰かを悪人だと決めつけてしまう、自分の中に眠る偏見にも気づかされる。そして、口には出さなくても、誰にだって、消えてほしいと思った相手がひとりくらいはいるのかもしれないという事実に愕然とする。誰かを憎むことと、実際に殺すことはもちろん違う。けれど、自分の代わりに誰かが実行してくれるとしたら。殺害を依頼する投稿を書くだけで願いが叶うとしたら。それでも、きっぱりと踏みとどまれるだろうか。
もちろん、この作品はフィクションだ。だが、タナトスを生み出す憎悪も、無責任な熱狂も、誰かを悪人と決めつける偏見も、私たちとは無縁ではない。だからこそ、身近で、だからこそ、恐ろしい。けれど、それでも、真相を追わずにはいられない。
今という時代の危うさを鮮やかに切り取りながら、正体のまるで見えない犯人を追うミステリーとしても、本作は極上だ。ばらばらに見えた事件が一本の線でつながった瞬間、物語は猛烈な勢いでクライマックスへとなだれ込む。そこからはもう、息をつく暇もない。真相へ迫る攻防に息をのみ、最後の1ページまで一気に読まされる。SNS時代を生きる私たちにこそ突き刺さる、この物語の行方をあなたにも見届けてほしい。
文=アサトーミナミ
