日本人であることを嫌悪してしまう。オーストラリアの高校で差別に直面する少年の葛藤を描く『Matt』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/8/27

Matt
Matt(岩城けい/集英社文庫)

 海外で生きる人々の葛藤やアイデンティティを繊細に描くことで定評がある岩城けいさんの「アンドウマサト三部作」をご存じだろうか? 父親の転勤をきっかけに12歳で日本からオーストラリアに移住し、差別やいじめにあいながら「自分の居場所」を探し続けた安藤真人少年の葛藤と成長を描く長編シリーズだ。

 第一作『Masato』(集英社)が登場したのは2015年。第32回坪田譲治文学賞を受賞するなど話題となり、以来2018年に第二作『Matt』(同)、2023年に最終刊の第三作『M』(同)が発表された。すでに第1作は2017年に文庫化されているが、このほど第二作『Matt』の文庫版が発売された。

 第一作『Masato』が描くのは小学生時代の真人だ。「英語が得意になってうらやましい」などと日本から送り出されたが、転入したオーストラリアの公立小学校では英語が理解できずいじめに苦しむ日々を過ごす。やがて得意のサッカーで人気者の男子と仲良くなり、少しずつ「自分の居場所」を見つけはじめるが、彼の母親はどうしても異文化圏でのコミュニケーションの難しさについていけず、結局1年後に「帰国」を選ぶ。真人も一緒に帰国することを促されるが、紆余曲折の末、彼自身が選んだ結論はオーストラリアで進学することだった。

 今回文庫化された第二作『Matt』が描くのは、自分で選んだオーストラリアでの高校生活を謳歌する真人の姿だ。オーストラリア在住も5年を数え、日本語より英語のほうが得意になった真人は、仲間から「マット」の愛称で親しまれている。時折自転車のサドルを汚されることにも、うっすらアジア人差別を感じることにも免疫ができてきていたが、ある日、同じ「マット」を名乗るダーウィンからきた転校生が現れたことで心が乱れはじめる。戦争で自分の祖父が日本軍に酷い目にあったことから「I hate Jap!」と日本人を目の敵にする彼は、真人に執拗ないやがらせをしてくるのだった。

 そんなマットの態度や戦争を扱う授業もきっかけとなって、真人は多民族国家であるオーストラリアの歴史や、コミュニティの底に見え隠れする「日本人」への眼差し、越えられない文化的な壁を直視することになる。そして感じる、どこまでいっても「日本人」である自分の居場所のなさ。とはいえ日本に帰国したところで日本にも居場所はなさそうで、「自分は一体何者なのか」と不確かなアイデンティティに苦悩し、真人は自分自身の存在をも嫌うようになってしまうのだ。

 こうした真人の苦悩は、実際、筆者の知人もリアルに体験したと聞いている(彼は中学時代をアメリカの現地校で過ごした)。言葉では簡単に「ダイバーシティ(多様性)」などというけれど、そこには割り切れないシビアな現実と葛藤、苦しみが伴うのかもしれない。世界が近くなった今だからこそ、本当の意味で共生するにはどうしたらいいのか、真人の心の叫びに深く考えさせられる。

 なお、文庫化に際しては書き下ろしの短篇も収録。心にささる剝き出しの青春譚を、この機会に手に取ってみてはいかがだろう。

文=荒井理恵

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