『ハムレット』の「生きるべきか、死ぬべきか」は誤訳? 28年かけてシェイクスピアの戯曲37本を翻訳した著者の頭の中【書評】
PR 公開日:2026/9/15

50歳を過ぎてからシェイクスピア戯曲の翻訳に取りかかり、28年かけて37本の戯曲すべての翻訳を成し遂げた松岡和子さん。日本では3人目、女性としては初の偉業である。その翻訳は数多くのシェイクスピア公演で使用され、「シェイクスピア全集」(ちくま文庫)として出版されている。演劇評論家でもある松岡さんの翻訳は、実際の舞台と関わりが強い。舞台の言葉として戯曲を訳しているから、言葉がとても生き生きとしている。
そんな松岡さんが、ご自身の取り組んできた翻訳について初めて書いた本が、2026年9月17日発売の『シェイクスピア 私はこう訳してきた 悲劇篇』(松岡和子/筑摩書房)だ。本書では、彼女がこれまで訳してきたシェイクスピア作品のなかから、「四大悲劇」と呼ばれる『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』について語っている。
To be or not to beは、なぜ訳しにくいのか?(『ハムレット』)
戯曲『ハムレット』の有名な台詞「To be, or not to be, that is the question」を、「生きるべきか、死ぬべきか」という訳で覚えている人も多いだろう。もちろん、この訳も文法的には正しい。しかし、be は動作・行為を表すと同時に状態を表す動詞であるため、松岡さんは、動作・行為だけを表す「生きる」と「死ぬ」という日本語にすると、状態が欠け落ちてしまうと考えた。
松岡さんは「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」という小田島雄志さんの先行訳をベストだと評しつつ、最終的に自身は「生きてこうあるか、消えてなくなるか、それが問題だ」という訳をした。翻訳は一文だけで行うものではない。そのあとに続く長い長い独白を聞けば、なぜ彼女が、この部分の訳に動作・行為と状態の両方を入れたいと考えたのかがわかるだろう。
本書の特徴は、各章で取り上げる台詞に、原文+直訳+翻訳がついていることだ。直訳から翻訳へと変わる過程を見ることで、シェイクスピアの言葉や文章を自然に分析でき、より深く味わえる。翻訳者の頭のなかをのぞくと、たった一文の英語を訳すのにこれほど思考を重ねていたのかと驚く。
「明けない夜はない」は、正しい訳なのか?(『マクベス』)
戯曲『マクベス』の「The night is long that never finds the day.」という台詞も有名だ。これから打倒マクベスの兵を挙げるという場面の台詞で、直訳すると「決して昼を見出さない夜は長い」だが、日本のシェイクスピア劇翻訳の歴史のなかで、ここはずっと「明けない夜はない」という意味に訳されてきた。この訳からは「つらいことにも終わりがあるんだ」という、やけに楽観的なニュアンスを感じる。
しかし、松岡さんは、文脈を考えて、この台詞を「明けない夜は長いからな」と訳した。マクベスを倒さなければスコットランドに朝は来ず、永遠の夜ということだからだ。さらに不眠症になっているマクベス自身にとっても、朝が来なければ、夜は永遠に続く。つまり、スコットランドの「夜」とマクベスの「夜」が重ね合わされている。そう解釈すると、この台詞は楽観的な励ましではなく、覚悟を促すものでなくてはならない。
その後、松岡さんは、「原文と同じくらいの長さにしてほしい」という演出家からの要求に応じ、11刷から「明けない夜は長いからな」を「朝が来なければ夜は永遠に続くからな」に変更した。先行訳と違う翻訳をするのは勇気のいることだと思うが、訳をさらに深めたり膨らませたり、ときには修正したりすることは、彼女にとって何よりの喜びだという。知的好奇心を失わなければ、80歳を過ぎても人はこんなにしなやかでいられるのか、と勇気をもらえた。
『シェイクスピア 私はこう訳してきた 悲劇篇』は2026年9月17日発売。翻訳者の書いた良質なエッセイを読み、シェイクスピア戯曲の台詞の一言一言をより深く味わってほしい。「そんな解釈もできるのか!」と目からうろこが落ちることだろう。
文=ayan
