「基本的には漫画脳なのかも」書店員の熱い支持を受ける連作集『スモールワールズ』の創作の源とは/一穂ミチロングインタビュー②

文芸・カルチャー

更新日:2021/4/25

スモールワールズ
スモールワールズ』(一穂ミチ/講談社)

 2008年に『雪よ林檎の香のごとく』(新書館)で鮮烈なデビューを遂げて以来、多数の作品を書き続けてきた一穂ミチさん。そんな彼女の最新作となる『スモールワールズ』(講談社)が、2021年4月22日の発売前から書店員たちの熱い支持を集めている。本作は、夕暮れどき、家々にともりはじめる明かりのように、6つの家族の光と影を描き出す6編からなる連作短編集。全国で募った本書の応援店は170店を突破、本書収録の短編「ピクニック」は第74回日本推理作家協会賞の候補作品に選出されているという一穂さんが、本作を書き上げて感じていることとは? 日々の暮らしに対する彼女のまなざしが感じられるお話を、全3回に分けてお届けする。

>インタビュー第1回はこちら


advertisement

会話シーンで憧れているのは、宮藤官九郎さんのドラマ

──「自分の選択」という言葉は、一穂さんの創作について考えるヒントになりそうです。そう思われるまでに、どんなものを読んだり書いたりしていらしたのですか。

一穂 母親が読書家だったので、そもそも周囲に本があったり、図書館に連れて行ってもらったりはしていました。私の読書は漫画に偏っていて、たとえば小学1、2年生のころは、図書館で『ゴルゴ13』(さいとう・たかを/リイド社)なんかを読んでいましたね……(笑)。

 最近は、定期的に読みたくなるノンフィクションや、ミステリ、ホラー、エッセイなど、わりとなんでも読んでいると思います。小説で好きなのは、川上弘美さん、朝吹真理子さん、石田千さん。川上弘美さんの『三度目の恋』(中央公論新社)を読んだときは、ものすごい円熟味を感じましたね。達人すぎて、斬られたこともわからずに、気がついたら畳に転がっているような。本当にすごいなと思いました。

 とはいえ、自分で書くときは、背伸びをしないように心がけていますね。無理して難しい言葉を使わず、中学生くらいの子が読んでもわかる表現に落とし込む。

 小説を書きはじめたのは、大学4年生くらいのときです。好きな漫画の二次創作というかたちでした。当時、同人活動は、ファンサイトを作るのが一般的になってきたころだったんですよ。同人誌を出すのはお金と手間がかかるけれど、サイトならパソコンさえあればお手軽だということで、書いた小説を自分のサイトに載せはじめ、就職したら多少は金銭的に自由になったので、同人誌を作って即売会に出ているうちに、編集者さんからお声をかけていただいたという感じです。

──書くにあたって、お好きなジャンルなどはあるのでしょうか?

一穂 書くときは……どれも等しく、しんどいですね(笑)。まとまった文章を書くことに一向に慣れなくて、毎回しんどい思いをしています。幸せなのは、「なにを書こうかな」と妄想しているときと、原稿が仕上がったときくらい。「思うように書けない」と苦しむことの繰り返しですし、本が出たら出たで、売れるかどうかといったことや、読者さんの反応も含めて、自分の思うようにはなりません。実はいまだに、小説なんか書かないで、「私も小説を書いてみたいな」と思っているだけの人生のほうがいいなと考えてしまいます。「私も傑作を書けるかも」と思っていられるうちが、きっと幸せなんですよね。実際に書いている今は、そういう夢を見られなくなったなと思います。

──小説以外の創作のご経験はあるのでしょうか。

一穂 昔、漫画を描いていました。基本的には、漫画脳なのかもしれません。私、主語が嫌いなんですよ。「誰々は言った」という説明がどうも苦手で。漫画なら、主語がなくても吹き出しがあればいいし、ニュアンスも絵で見せられるので、言葉を並べる必要がありません。ビジュアルのパワーはすごいなと思います。反対に、小説は文章自体の美しさを味わえるところがいいなと思いますね。心理描写にも言葉を尽くすことができるので、心の深いところまで書き込むことができます。

 小説でも、説明くさい部分をなるべく省き、主語がなくてもその人の言葉だとわかるように書けるのが理想ですね。それに、今、私がインタビューを受けていてまさにそうであるように、自分の考えていることを流暢に言語化できる人ってあまりいません(笑)。会話を書くときは、そのあたりが嘘くさくならないようにということも気をつけています。私、宮藤官九郎さんのドラマが好きなんですよ。ぱっぱっと短いセンテンスが飛び交っていて、ぜんぜん嘘くさくない。あの会話の感じ、憧れますね。

──小説や漫画以外にも、テレビドラマや映画など、創作のヒントになっているものがあるのでしょうか。

一穂 映画はわりと見ますね。締め切りの狭間に、まとめてはしごします。美術館にも行きますし、YouTubeも見ますよ。保護猫が成長する動画や、銛(もり)の漁師が魚を捌いて食べる動画をずっと見ています。最近は、TVerでお笑いを見ることも多いですね。好きなのは和牛さん。こっちのパソコンでTVerを見て、そっちのタブレットではYouTubeを流しつつスマホをいじる、みたいな“ながら見”で、頭に入っているかどうかは疑問ですが……。情報を浴びていることに満足しているだけのような気もします(笑)。でも、「創作に役立てよう」というスケベ心を出すと、楽しくなくなってしまいますから。素直に「おもしろい」という気持ちを大切にしています。あとは、短い旅に出るくらいですかね。

──ご旅行もお好きですか?

一穂 好きですね。少し前に出雲大社に行ったのですが、タクシーに乗ると、運転手さんがおもしろいことを教えてくれるんですよ。出雲って、晴れていても夕方になると絶対に雲が出てくるそうです。「神様が帰っちゃうからかな」といった話をしてくれるのを、楽しく聞いていますね。

 海外旅行にも、このご時世でなければ年に1度くらいは行っていたのですが、実は私、飛行機がすごく苦手で。出発前は死ぬほど憂鬱で、「どうしてキャンセルしなかったんだろう……」と思うのですが、行ったあとは、「いろいろあったけれどトータルで楽しかったな」と思えることも、その時点でわかっているんですよ(笑)。

 海外に行くのは、自分に喝を入れるという意味もあるかもしれませんね。日本にいると、なにも考えずに、音楽を聴きながら街を歩けるし、お店に入っても、席にカバンを置いたままトイレに行けてしまう。そういう自分の危機管理能力の低さに警鐘を鳴らすというか、生存本能みたいなものを鍛えなきゃと思うことがあるんでしょうね。だいたいがひとり旅なので、荷物も見ていてもらえないし、すべて自分で判断しなくてはならない。けっこうしんどい思いをしています(笑)。

──お仕事のことを語られているときと同じように聞こえますね(笑)。長編のご執筆は、一穂さんにとっては長い旅のようなものなのでしょうか。

一穂 ああ、そうかもしれません。気も小さいし、人として弱いので、小説を書くことも旅に出ることも、それなりに大変なんです。旅に出たら帰ってこなくちゃいけないし、書きはじめたら最後まで書き上げなくちゃいけない。そういう縛りがなければ、私はいろんなものを途中で放置してしまうと思うんですよ。

 私にとっては、勤めをやめないこともそれと似ています。会社をやめたら、とんでもなく自堕落な生活しかしない確信があるので(笑)。基本的にはインドアですから、外に出て歩かなくちゃ、日光を浴びなくちゃと思って人と約束を作ることもあります。人と約束をしておかないと、映画のチケットを取ったのに観に行かないみたいなことが、たまに発生しちゃうんですよ。書くことについても、約束がなくても書ける人には憧れますね。周囲には、「約束がなくてもけっきょくは書くんでしょ」と言われますが、それはいざそういう状態になってみなければわからないです。

頭で考えてもダメなときは、無理やりにでも手を動かす

スモールワールズ
写真:下村しのぶ 立体:北原明日香

──『スモールワールズ』に収録された6編は、主人公の設定もお話の雰囲気もまったく異なるものでした。こういった小説のアイディアは、どのように思いつくのですか。

一穂 小学生みたいな答えですが、がんばって考えています……(笑)。ですが、「ピクニック」という短編は、孫を虐待した疑いで逮捕されたおばあさんの無罪が、裁判で2年ほどかかったけれど確定したというニュースをテレビで見たことをきっかけに書きました。「虐待が疑われて逮捕されました」というニュースのみを聞くと「ひどい話だな」と思うだけで終わるのですが、本当は虐待していない可能性もあるということに、そのときまで思い至らなかったんですよ。

 テレビで見る虐待のニュースが、とりわけひどいケースばかりだということもあるかもしれませんが、私はおそらく、そんな状況で「虐待はしていない」と訴える人を見ても、「子どもにひどいことをして認めもしないなんて、なんというやつだ」と思ってしまうな、と。でも、そのおばあさんの立場から見ると、世界はすごく恐ろしいですよね。家庭という密室で、やっていないことを証明するという高いハードルを前に、血をわけた孫を殺したと思われているんですよ。「ああ、私、今までなにも見えていなかったな」と。

──そうやって一穂さんのアンテナに引っかかったものを振り返ってみたときに、ご自身の興味や関心のありかはわかりますか。

一穂 いえ、けっこう雑多ですね。新聞は、会社に届くので目を通すのですが、自分の興味のない分野のことも俯瞰的に載っているので、刺激になります。情報って、自分で求めてもやはり偏ってしまいますから。購入履歴から自動的にすすめられるものを延々と追いかけるのではなく、本屋さんに行って陳列されている本を見て、自分が今までに触れたことのないものを発見するというような経験も大切だと思うので、食わず嫌いをしないことは心がけています。

 新聞も、すべてを熟読する余裕はとてもありませんが、たとえば5紙ぶんの見出しとリードだけでも拾ってみると、同じニュースでも扱い方がまるで違うことに気がつきます。記事の大小はもちろん、否定的に書かれることも、肯定的に書かれることもある。その上で、池上彰さん的に、「この新聞の記事が、一番バランス取れてるな」といった見方をしてみるとおもしろいと思いますよ。特派員さんが現地であったことを書いている記事もおもしろく読みますし、人生相談も興味深い。新聞に関しては、この情報量のものを毎日読ませてくれるなんて、本当にありがたいなと思います。

──そうやって発見したネタを集めるための、ネタ帳のようなものはありますか。

一穂 ネタは日記に書いたり、LINEのキープメモに残しておいたりします。新聞の好きな記事は、スマホで撮影してPDFとして残したり。後日、「どうしてこれを取っておいたんだろう?」みたいに首をかしげてしまうこともありますが……そのネタを実際に生かすことも、あったりなかったりです。取っておくだけで、なんだか安心するんですよね。のちのちどうにかなるだろうって(笑)。

──日記も続けていらっしゃるんですね。

一穂 10年以上書いていますね。昔は手書きだったのですが、紙はかさばりますし、最近は日記のアプリを使っています。自分しか見ないのに、心のうちを詳細に綴るのが面倒になってしまって、基本的には「映画を観た」とか、今日やったことの備忘録です。

──以前は、小説を書くときもノートに手書きのスタイルだったとおうかがいしています。

一穂 今でも、あんまり進まないときは手書きにすることがありますよ。キーボードに向かって、頭で考えていてもなにも出てこないなというときは、無理やりにでも手を動かして書くんです。そうすると、目の前のページが文字で埋まっていきますよね。成果が目に見えると、エンジンがかかるんだと思います(笑)。

 デジタルで書くと、削除や調整も簡単なので、「こうじゃない」「こうでもない」と、いつまでも細部にこだわってしまいますしね……。二度手間のように思われるかもしれませんが、はじめからキーボードで打っていると、自分の中での正解を出したくなって、動けなくなるんだと思います。文章の順番がめちゃくちゃでも、ひとまずざっと書き出してみてから、直すべきところは打ち直す段階で直せばいい。雑でもいいから、とにかく手で書き出してみるというやり方が、自分にとっては有効なことが多いですね。

取材・文=三田ゆき

<第3回に続く>

あわせて読みたい