「すごい才能が現れた!!」書店員の熱い支持を受ける連作集『スモールワールズ』の誕生経緯と登場人物の魅力/一穂ミチロングインタビュー①

文芸・カルチャー

公開日:2021/4/23

スモールワールズ

著:
出版社:
講談社
発売日:
スモールワールズ
スモールワールズ』(一穂ミチ/講談社)

 2008年に『雪よ林檎の香のごとく』(新書館)で鮮烈なデビューを遂げて以来、多数の作品を書き続けてきた一穂ミチさん。そんな彼女の最新作となる『スモールワールズ』(講談社)が、2021年4月22日の発売前から書店員たちの熱い支持を集めている。本作は、夕暮れどき、家々にともりはじめる明かりのように、6つの家族の光と影を描き出す6編からなる連作短編集。全国で募った本書の応援店は170店を突破、本書収録の短編「ピクニック」は第74回日本推理作家協会賞の候補作品に選出されているという一穂さんが、本作を書き上げて感じていることとは? 日々の暮らしに対する彼女のまなざしが感じられるお話を、全3回に分けてお届けする。

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実感のない言葉は、すぐに相手にバレてしまう

──『スモールワールズ』は、どのようなきっかけで執筆されたのでしょう?

一穂ミチさん(以下、一穂) 担当の方から、2020年に『小説現代』がリニューアルするので、それに合わせて短編連作をお願いしますというご依頼をいただきました。「いびつな家族」をテーマにしたものを読みたいというリクエストでしたね。家族って、どの家族でもいびつなところはありますから、ある意味「なんでもあり」のお題ではありましたが、連作短編なので、一人称であったり、童話のような語りであったり、往復書簡の形式であったりと、いろいろな読み味のものを並べれば、ひとつくらいは読者さんに気に入っていただけるのではないかなと思いました。

 実は、「書きたいもの」というのは、いつもとくにないんです。ご依頼をいただいた瞬間は、「冷蔵庫にめんつゆしか入ってない、狩猟か採集のどちらかに行かないと」みたいな状態で(笑)。今回も、書きたいものがあったわけではないのですが、やってみたいスタイルがいくつかあったので、自分の名刺がわりにもなるかなと、お店にいろいろな商品を並べるように、「こんなのも、あんなのもあります」と、いろいろな短編を並べさせていただきました。

編集担当者 短編集は、同じテイストのものを集めたほうが売りやすいんです。最初、一穂さんから「喜怒哀楽を書きたい、読み心地の違うものを書きたい」とおうかがいしたときは、少し不安だったんです。でも私は、一穂さんの書いているものは信用できると感じていましたし、一穂さんが頭に思い描いているものを読んでみたいと思ったので、「それでいきましょう」ということになりました。

一穂 フィクションですから、書いているものはすべて嘘なのですが、実感のない言葉って、すぐに相手にバレてしまうと思うんです。五十嵐大介さんの漫画『魔女』(小学館)の中で、「一度も空を見たことがない人が『空が青い』と言ったら、言葉は間違っていなくてもそれは嘘なんだ」というような台詞があって、とても印象に残っています。自分で書くときにも、ときどきはっとさせられる言葉ですね。

「自分の書くものに共感してほしい」という気持ちは、正直あまりありません。けれど、感情などを噛み砕いて、読んでくださる人になるべくわかりやすいかたちでお示しすることは、必要だと思っています。そうしないと、ただの自己満足になってしまいますから。みなに好かれることは無理だとしても、その努力はしなければならない。でも、100人に読んでいただいて、100人が好きだと言ってくれた作品もなければ、100人全員に嫌われたこともないんですよ。たくさん本を書いてきた中には、セールス的には微妙なものもあったけれど、その作品を好きと言ってくださる方もいる。世の中に出たときにどうなるかは、わからないものだなと思います。

──なるほど。たくさんのご著書があるにもかかわらず、ご自身の中に書きたいものがないという点は少し意外でした。ご執筆のモチベーションは、どこにあるのでしょう。

一穂 また読みたいと言っていただけること、次の仕事が来ることですね。小説を書いて、本のかたちにして売るという行為だけなら、同人誌でもできますし、今はnoteなどのプラットフォームもいろいろあります。でも私は、それを商いというかたちでやりましょうと誰かが言ってくれるということが、モチベーションになっているのだと思います。もちろん、それにまつわる責任も発生するのですが、とりあえずは次の仕事をいただけることを目標にしていますね。

──『スモールワールズ』に関しては、noteで「一生つづけたいくらい楽しかった」とおっしゃっていましたが。

一穂 楽しかったですね。短編なので、飽きずに書き上げることができたのだと思います。長編だと、何カ月も同じ人のことを考え続けて、飽きちゃうことがあるんですよ……それに、頭の中でずっと作品を触っていると、定期的に「なにがおもしろかったのかわからなくなっちゃった」という状態に陥ってしまう。「いちから書き直したほうがいいんじゃないか」という精神状態って、ものすごく苦しいんですよ。結末まで書き通すということは、私の中で、今も昔もけっこう大変なことなんです。

 登場人物も、書いているうちにその姿が見えてくることが多いので、長編は、半分を超えるまで「どこに向かっているんだろう」と真っ暗なトンネルを掘り続けているようで、しんどいですね。短編だと、そのトンネルが短いのだと思います。

──長編と短編では、ご執筆時のお気持ちも違うんですね。ご自身の作品の中で、思い入れのある作品はありますか。

一穂 『スモールワールズ』に収録されている「花うた」という作品は、往復書簡の形式で書いてみたかったので、印象に残っているかもしれません。往復書簡には、文学っぽいなという憧れがあったんですよ。この短編も、流れはある程度決めてから書きはじめましたが、主人公について最初の設定にはなかったものが自然に出てきて、書きながら「ああ、そうなんだ」と納得しました。

 でも、書いたもののことはすぐに忘れてしまうんですよね……こうして本になってしまうと、この作品については、もうどうすることもできないからでしょうか。なにか後悔があるとすれば、それは次の作品で解消するしかないわけです。どんな作品を書いたとしても、自分の中で100点をつけられることはありえませんから、永遠にこの営みを続けるのでしょうね。オファーがなくなるか、私自身が疲れてやめてしまわない限りは、ずっとトライアルアンドエラー、むしろエラーアンドエラーを続けることになりそうです(笑)。

自分の物語の登場人物には、最後は自分で選択や決断をしてほしい

スモールワールズ
写真:下村しのぶ 立体:北原明日香

──『スモールワールズ』の中で、印象に残っている登場人物は?

一穂 最初に書いたからということもありますが、「ネオンテトラ」という短編の主人公・美和ですね。私とはひとつも共通点のない女性だし、いろんな人から「怖い」と言われますが(笑)、私には、書きながら不器用でいじらしい人だなと感じられたので、個人的には好きでした。美和は、はたからはちょっとすました感じの人に見えているけれど、本当はプライドなどが邪魔をして、「なりふりかまわず」ということができない弱さを持つ人なんです。

──どの短編も、読んでいるうちに登場人物の印象が変わっていきますね。

一穂 それなりに分量のある文章を最後の1行まで読んでもらえるかということが、私にとっては非常にハードルが高いことなんですよ。ですから、物語にはなにかフックを作らなくてはいけないと思っています。ちょっとでも飽きずに読んでいただけるようにするためにはどうしたらいいかなと考えて、まずおおまかな流れを決め、細かい流れを書いていく中で、小さな裏切りを用意したり、「この人だったらこうするだろう」というところからもう一歩深掘りしたりということを意識するようにしていました。

 登場人物について深掘りするときは、「人ってこちらの思ったようには運ばない」という私自身の実感が反映されているのだと思います。

「見えている一面だけがその人のすべてではない」という実感は、ふつうに暮らしている中で、誰もが持つものだと思うんですよ。たとえば、私、同僚と吉本新喜劇を見に行ったことがあるのですが、そのメンバーの中に、強面でちょっと苦手な男性がいたんです。でも彼は、その場に娘さんを連れてきていて、娘さんの座席にクッションを用意してあげたり、娘さんが欲しがる芸人さんのCDを買ってあげたりと、すごくやさしい“パパの顔”をしていた。彼はおそらく、会社で自分を偽っているのではなく、会社では会社の顔、家では家の顔をしているだけで、その切り替え自体はほかの人も日常的にしていることですよね。私も、「あの人にもこんな一面があるんだ」と感じてからは、彼を見る目が変わりましたし、そのできごとが強く印象に残りました。

 自分以外の人間が、自分とはぜんぜん違うことを考えているという事実を垣間見る瞬間は、すごく好きですね。「人っておもしろいな」と思います。そんな小さな積み重ねが自分の中に蓄積されて、書いているときに顔を出すのかもしれません。

──一穂さんの作品の中では、どんな登場人物も、「間違っている」と価値観を否定されたり、「がんばらなくていい」と甘やかしに近い肯定をされたりしないことも印象的です。

一穂 私は誰かをジャッジできるような人間ではないし、誰かに注文をつけられたくもありませんから。私にとって小説や物語とは、正解や白黒が書かれたものではなく、その物語の中で生きている人間の、ひとつの選択を示すもの──「この人はこうします」という選択を示されることで、「そういう選択もあるのか」「こんなこともできるんだ」と、自分の現実の幅がちょっと広がるというものです。

 その場合も、「こういう選択もあるんだよ」とお教えするのではなく、「この人はこうしましたとさ」という感じで、ただもう否定しないというだけですね。「会社が嫌ならやめてもいいよ」「学校には行かなくてもいいんだよ」と言葉にして書くことはできますが、「それが正解」というふうに書いたものを、読んでくださった人が実行して、その結果失敗してしまったら、私も責任は取れませんし。めったなことは言えないです(笑)。「会社をやめる人もいます」「学校に行かない人もいます」と物語に書く、それ以上のことはできません。その選択を安直に肯定するのもおっかないです。

 私も、人に頼るわりには、人の言うことを聞かないところがあるんですよ。さんざんアドバイスを求めておいて、「やっぱりこうしました」ということをやらかしてしまう。でも自分で決めれば、たとえ失敗したとしても、誰かを恨まずに済むじゃないですか。よくも悪くも腹をくくることができるので、自分の物語の登場人物には、最後は自分で選択や決断をしてほしいと思いますね。

取材・文=三田ゆき

<第2回に続く>

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発売日:
ISBN:
9784065222690