幸せになるために結婚してはいけない?「結婚」の悩みを解決する、内田樹の「結婚論」

恋愛・結婚

公開日:2016/8/23

 内田樹さんの新刊『困難な結婚』(アルテスパブリッシング)を書店で目にした瞬間、「内田樹さんは今、結婚生活に苦しんでいるのだろうか?」と思ってしまった。しかし帯を見ると「結婚前の人は、したくなる。結婚している人は、気楽になる。そのためにこの本を書きました」とある。結婚とは困難なのか? 気楽なのか? むむむ、いったいどっちなんだ……?

「今の戸籍制度には少し疑問もあるのですが、やはり結婚したら籍は入れたほうがいいのでしょうか?」といったように、Q&A方式になっているページをぱらりとめくると、「今より幸せになるために、結婚してはいけません」と書かれていた。えーっ? 普通は幸せになりたいから結婚するんじゃないの?

不幸にならないように結婚する

結婚という制度は「幸福になるため」の仕掛けではなくて、「リスクヘッジ」なんです。

発生的には「幸福になるための制度」ではなく、「生存確率を高めるための制度」なんです。

 誰もが当たり前のように「結婚すれば幸せになる」と考えている。しかし今よりも不幸にならないために結婚はするものだ。未婚のまま年を取るのは気の毒だし、もはや独身者を家族や親せきが援助してくれる時代ではないから、結婚してお互いを支えあう必要があるのだと、内田さんは語っている。

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「給料が安いから、子どもを養う自信がない。だから結婚が難しい……」と考えている人もいることだろう。内田さんは結婚が難しいのは本人の責任ではなく、「雇用の問題」だと説明する。そしてこう答えている。

発想を転換するんです。「お金がないから結婚できない」じゃなくて、「お金がないから結婚する」というふうに頭を切り換える。一人では生きられなくても、二人なら生きられる。これはほんとうです。一人よりも二人の方が一人あたりの生活コストは安くなるからです。

要するに、ふたりが一緒に暮らして共同体をつくるというのは、ごく実利的な安全保障であり、リスクヘッジなんです。今の日本のように雇用状況が不安定である場合には、一人で暮らすよりは二人で、できればもっと多くの人たちと一緒に共同体を形成して、相互に安全保障するシステムを形成する方が賢明だと僕は思います。その方が生き延びる確率が高まるんですから。

 ああ、なるほど! シェアハウスで生活すれば、確かに一人暮らしよりもコストを抑えられるし! でも「生きるために結婚する」のであれば、「相手は誰でもいい」ってことにならないのだろうか? やっぱり好きな人を見つけて、楽しく人生を送りたいと思ってしまうのだけど?

「もっといい人」は現れない

 そんな問いに対しては、「結婚しちゃえばだいたい同じ」と答えている。それどころか「え、こんなのやだ」とか紹介者に対して言っているような人には、

「こんなの」と釣り合う配偶者だとあなたは外部から評価されているという事実を噛みしめた方がよろしい。

 とバッサリ。「あれこれ考える前に結婚してしまえばいい。そうすれば一人でいるよりも不幸になる確率が減るから」。そんな内田さんの声がリアルに聞こえてきそうだ。

 また結婚してから起こりがちなイザコザについては、「家事の公平な配分は不可能」「7つの挨拶で円満解決」「小遣い制は止めよう」「『ちょっと下』を基準にする」などの解決方法を提示している。詳しくは本に書かれているので省略するが、全体を通して「すべては自分の選択で、幸も不幸も自分次第。だから『相手が~』などと言わずに結婚してしまえ。結婚したら『相手が~』などと言わずに、維持する努力を己がすること」という声が聞こえてくる気がする。しかし何が起こっても我慢して、結婚を維持することが正しいというわけでもなさそうだ。

 というのも本の中で本人も触れているが、内田さんには離婚経験がある。シングルファーザーとして仕事と子育ての両立に難儀した時期があることも告白している。離婚の理由は「経済力の変化に伴って、家事労働の分担に関わる議論が日常化したことが大きかった」程度のことしか書かれていないが、「お金を稼ぐことも、家事労働も、それ自体はたいした負荷じゃないけど、それを家庭内で適切に『シェア』することは絶望的に難しいことなんだなとしみじみ思いました」と言っているので、まさに『困難な結婚』の経験があるのだろう。それを乗り越えたことで、「結婚=リスクヘッジ」という考えになったのかもしれない。

 とはいえ私自身はこれを読んでも「結婚しなきゃ!」という気持ちにはなれず、「結婚しなきゃ死んだら無縁仏かなあ。嫌だなあハハハ……」程度の軽い絶望に包まれただけだった。しかし夫or妻に限定されなくても、ともにリスクを乗り越えていけるパートナーがいれば心強くなるだろうという気持ちにはなった。そして複数の信頼できる仲間と共同体を築ければ、将来の安全保障ができるという気にもなった。確かに入籍していなければ法的拘束力もないから、簡単に別れたりパートナーをチェンジできたりしてしまう。でも今どき結婚していたとしても、それができてしまう(共有財産の分配や子どもの親権など、物理的な問題は発生するけれど)ことは、おそらく誰もが気づいているだろうし。

 妻or夫か恋人か、それとも仲間か。自分が必要としているのはいったい誰で、本当のところ結婚についてどう思っているのか。今まで自覚してなかったあなたの「実の気持ち」が、この本を通して見えてくるかもしれない。

文=玖保樹 鈴