【本屋大賞2023ノミネート】不器用な母娘をつなぐ美味しいごはん…涙なしには読めない栄養満点小説『宙ごはん』

文芸・カルチャー

更新日:2023/1/30

宙ごはん
宙ごはん』(町田そのこ/小学館)

 美味しいごはんは、やせ細った心に栄養を与える。絶望の淵にいる私たちを生かし、人と人とのつながりをも育んでくれる。『宙ごはん』(町田そのこ/小学館)は、そんなあたたかい料理と、母娘の姿を描き出した物語。『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中央公論新社)で本屋大賞に輝いたことで知られる町田そのこさんの作品だ。この物語で描かれる母娘の日々は、決してほんわかしたものではない。身を裂かれるような辛い出来事や悲しみだって描かれている。だが、この本はどこまでも温かい。思うようにいかない毎日を過ごす私たちをそっと抱きしめてくれるような優しい物語だ。

 主人公は「育ての母」と「産みの母」がいる少女・川瀬宙。厳しい時もあるけれどいつだって愛情いっぱいに宙を育ててくれる「ママ」風海は、本当は宙の叔母だ。彼女を産んだのは、イラストレーターとして活躍する、大人らしいことを全くしない「お母さん」花野。宙にとって2人の母がいるのは「さいこーにしあわせ」なこと。

 だが、宙が小学校に上がる時、風海は夫の海外赴任に同行することとなり、宙は花野と暮らすことに。ごはんを作らず、宙の相手はろくにせず、授業参観のことはすっかり忘れ、久々に相手にしてもらえたと思えば、宙を恋人とのデートに連れていく花野に、宙は強いショックを受ける。そんな宙に手を差し伸べてくれたのは、商店街のビストロで働く「やっちゃん」こと、佐伯恭弘。花野の中学時代の後輩の佐伯は、宙のために毎日とびきり美味しいごはんを用意し、話し相手にもなってくれた。

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 ある日、花野の態度に我慢ができず、家を飛び出した宙は、佐伯にとっておきのパンケーキを作ってもらう。その日から、佐伯から料理を習うようになった宙は、教わったレシピをひとつずつノートに書きとめる。かつおとこんぶが香るほこほこにゅうめん、きのこのとろとろポタージュ、ぱらぱらレタスチャーハン…。小学生から中学生、高校生へと成長していく宙のそばにはいつだって、思いやりのこもった美味しいごはんがあった。

 この物語に登場する大人たちは、みんなどこか未熟だ。強いのに弱くて、かっこいいのにダサい。うまくいかない毎日に悩み、自分のことでいっぱいいっぱい。宙の方がかえって大人びてみえる。特に、花野は有名なイラストレーターだが、日々の生活はめちゃくちゃ。部屋にこもりきって仕事をしていることは少なくないし、お風呂だって何日も入らないことも。普通の母親とは違う花野の姿に傷つく宙の姿を初めて目の当たりにすれば、読者は花野に対して、苛立ちを感じずにはいられないだろう。だが、物語が進めば進むほど、花野への印象は変わっていく。大人だからといって、完璧なわけではない。悩みながらもどうにか毎日を過ごしている。そんな姿に気づけば共感せずにはいられなくなる。

 そんな不器用な母親と娘をつなぐのは、佐伯のごはんだ。佐伯の優しさは、宙や花野だけでなく、私たちの心も満たしてくれるかのよう。宙が真っ直ぐ育っていくのと同じように、愛され方も愛し方も知らない花野も少しずつ変化していく。大人だって、成長できる。そんな忘れがちなことを、この本は教えてくれる。

 親子とは何か。家族とは何か。悲しみをどう乗り越えていけばいいのか。この本を読むほどに、つくづく人生は思うようにいかないものだなと痛感させられる。だけれども、きっと大丈夫。辛く悲しい時、この物語は、私たちのこれからの人生の支えになってくれるに違いない。読めば読むほど、心に栄養が行き渡っていく。涙がこぼれてくる。大切に何度も何度も読み返したくなるようなこの栄養満点の物語を、ぜひともあなたも堪能してほしい。

文=アサトーミナミ

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