幽霊の目撃談から、その真相を追い求める男が辿り着いたのは? 『ジェノサイド』著者・高野和明による11年ぶりの長編小説『踏切の幽霊』

文芸・カルチャー

更新日:2022/12/14

踏切の幽霊
踏切の幽霊』(高野和明/文藝春秋)

 人が死んだらいったいその魂はどこへ行ってしまうのだろう、と考えたことはないだろうか。昨日まで確かにあったはずの心は、記憶は、本当に肉体とともに跡形もなく無に帰してしまうのだろうか。欠片でいいから、何かが残っていてほしい。そう願う人が一人でもいる限り、この世から幽霊譚は消えないのかもしれない。そんな切ない読後感を漂わせるのが、小説『踏切の幽霊』(高野和明/文藝春秋)。累計100万部を突破した『ジェノサイド』の高野和明による、11年ぶりの長編である。

 主人公は、女性誌の編集部で働く、元新聞記者の松田。畑違いの仕事になじめないまま、契約期間の終了を2カ月後に控え、心霊特集の担当を任された松田は、幽霊の目撃談のある場所をめぐる。そうして訪れたのが、長い黒髪の女性らしき影が撮影された、下北沢の踏切だった。

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 その踏切で人身事故が起きたという話は聞かないが、かわりに電車の緊急停止は相次いでおり、運転士が見たはずの人影は一度も見つかっていないという。慎重に検証を重ねながら調べていくうち、松田は、その近くで亡くなった女性の存在にたどりつく。舞台が1994年で、SNSの発達していない時代ということもあり、謎に満ちた女性の痕跡を追う過程はなかなかにスリリングである。

 松田が真相を追い続けたのは、一度始めたことを放り出せない性格というのもあるだろうが、亡き妻の面影を常に抱えている彼自身が、どこかで幽霊の存在を信じたがっていたからだ。

〈ただ一つ望まぬことは、死が、無であることだった。〉と松田は思う。自身の死に対するおそれももちろんあるけれど、激務を言い訳にろくに労ることもできないまま一人先に死なせてしまった妻への悔恨がそこにはある。愛する人が唐突に失われてしまったことへの、未練もある。寿命というにはあまりにはやく、唐突に絶たれてしまった命が、そこで一切合財終わってしまうなんて理不尽ではないかという想いは、誰の心にもあるだろう。妻を取り戻すことができないのならばせめて、黒髪の女の無念を少しでも晴らすことができないかと、松田は思っていたのではないだろうか。

 その執念と、説明のつかないいくつかの現象に導かれて、松田は事件の真相に近づいていく。そことそこが繋がるのか!というミステリーならではの驚きの先でもたらされる真実が、松田の出会う幽霊の正体が、どこまで“本当”なのか? その判断が読者に委ねられているところも、またおもしろい。

文=立花もも

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