のどかな町に現れた青年、母の不倫疑惑、大人の不都合――30年前の「少女殺害事件」と今がつながる時に見えてくる真実とは

文芸・カルチャー

更新日:2020/6/21

『さよなら願いごと』(大崎梢/光文社)

 しっかり者の書店員と勘の鋭いアルバイトがさまざまな謎を解決する『配達あかずきん 成風堂書店事件メモ』(大崎梢/東京創元社)は、本格書店ミステリー小説として注目を集め、同シリーズは今でも根強い人気を得ている。著者の大崎梢さんが描く小説はなんとも言えない温かみがあり、ドキドキ感だけでなく、癒しも得られるのが魅力だ。

 それは、新作『さよなら願いごと』(光文社)でも健在。作者史上最高濃度の長編ミステリー小説となった本作は町で繋がった少女たちが危険に遭遇しながらも、成長していく青春ミステリーでもある。

30年越しに暴かれる「少女殺害事件」の真相とは――?

 ある夏休みに、白沢町というのどかな町で起きた小さな事件。それが複雑に繋がり合い、予想だにしない大きな事件が掘り起こされる本作は3人の少女たちが物語のキーマンとなる。

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 小学4年生の琴美は、父の知り合いで畑仕事を手伝いにきている佐野隆のことをとても気に入っていた。自分たち子どもを取り巻く珍事件を、鋭い観点から考察し、解決してくれる佐野は頼れる存在。明るく気さくな佐野は琴美だけでなく、周囲からも好かれていた。

 しかし、ある日、琴美は見知らぬ中年の男が佐野に対して奇妙な言葉を投げかける場面を目撃してしまう。

“「おまえの正体、わかっているんだぞ」”

 佐野くんは、実は悪い人なのかもしれない…。そんな思いが芽生え、正体を疑い始めた琴美はある日、命の危険を感じるピンチに見舞われてしまう。

 一方、同じく白沢町に住む中学生の祥子は、意中の相手から呼び出され、舞い上がっていた。しかし、待ち合わせ場所に現れた彼が口にしたのは予想していたような甘い言葉ではなく、自分の父親と祥子の母親が不倫関係にあるかもしれないという、衝撃的な話。不安になった祥子は早速、母親に不倫の事実を問いただす。すると、語られたのは不倫よりも重い密会理由だった――。

 こうした謎を解決に導くのが、高校生の沙也香。学校で新聞部に所属する沙也香は学園祭の発表テーマとして、廃ホテルを取り上げることに。その裏には道路建設を巡る町同士の対立など、複雑に絡み合う大人の事情があったことが判明。そして、それらをひとつひとつ丁寧に取材していくうちに、封印されていた“大人たちの不都合”に行きついてしまう。

 物語の根底にあるのは、白沢町で30年前に起きた少女殺害事件。これがどう「今」に結びついていくのか、ドキドキしながら見届けてみてほしい。青春時代を思い起こさせる爽やかな表紙や無邪気さが漂う前半のストーリー展開に触れると、つい若かりし頃が頭をよぎり、甘酸っぱい気持ちになるが、徐々に見え隠れする狂気に次第にハラハラさせられてしまうのが本作の凄さ。気づいた時には人間の悪意をまざまざと感じ、恐怖を抱いている自分がいることに驚くだろう。

 また、10代ならではの初々しさと大人たちの私利私欲が良いバランスで混ざりあった描写にドキっとさせられることも本作の醍醐味。気づかないうちに、自分のまっさらだった心は汚れてしまってはいないだろうかと、問いかけたくもなる。

 さよなら願いごと。この書籍名に込められた人々の願いを想像しながら、ぜひとも置き去りにされた謎を、少女たちと一緒に解き明かしてみてほしい。

文=古川諭香