ロリコン教師vs.イタい生徒、普通になれないふたりの仁義なき生存戦略! ポプラ社小説新人賞受賞作は前代未聞の青春小説!!

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/8

ニキ
『ニキ』(夏木志朋/ポプラ社)

 人間は、みんないびつだ。思考、性格、性的指向、容姿、身体機能──誰しもどこかに凸凹があり、時に劣等感に苛まれながらも、なんとか自分や社会と折り合いをつけて生きている。だが、その凸凹が大きすぎる場合はどうだろう。どうしたって普通になれない、折り合えない。ただ生きているだけで息苦しい。2019年ポプラ社小説新人賞受賞作『ニキ』(夏木志朋/ポプラ社)は、窒息しそうな高校生と教師の物語だ。

 田井中広一は、何をしても周囲から浮いてしまう高校生。なにか話すたびに失笑されたり困惑されたりするが、自分では何がおかしいのかわからない。かと言って、空気を読んで自分を抑えることもできない。「イタいヤツ」「変なヤツ」と軽んじられることも多く、心を守るために自分は「特別」だと思い込もうとしている。

 そんな彼の担任を務めるのが、美術教師の二木良平だ。穏やかで平凡な先生に見えるが、彼には大きな秘密があった。それは、小児性愛者であること。幼女にしか性的関心を持てない彼は、教職のかたわら成人向けロリータ雑誌『LOL』(どこかで聞いたことがあるような……)のマンガ家としても活動している。

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 偶然にも二木の秘密を知った広一は、彼のことが気になって仕方ない。自分がズレた人間なら、あいつはさらに壊れている。にもかかわらず普通を装い、周りをうまく騙しているではないか。二木に興味を持つあまり、広一は彼が寄稿する『LOL』を万引きするが、店員に捕まり担任として二木が呼び出されることに。自分のマンガが掲載された雑誌を前にした二木、彼の反応をうかがう広一。この時点で、まだ物語は序盤も序盤。スリリングな攻防に、息を飲んでページをめくってしまう。

 かくして二木の弱みを握った広一は、彼を脅し、つきまとうようになる。とはいえ、二木とて一方的にやられっぱなしではない。広一の前では好人物の仮面をかなぐり捨て、担任と生徒とは思えない毒舌とへらず口の応酬を繰り広げる。

「他人のクソは見たがるわりに、自分のクソからは目を背けるのか。僕がロリコンの変態ならきみは出歯亀スカトロ野郎だな」
(中略)
「それなら、あんたなんか、普段は本当のことなんかひとつも喋らないくせに、こっちがちょっとつついたら聞かれた以上にベラベラ語りだして、隠れ露出狂じゃないか」

 やがて広一の本心を見抜いた二木は、鋭い攻撃を畳みかける。

「つまりきみは、僕に認められたいってこと?」
「それで、きみはぼくに何を見せてくれるんだ?」
「その、人と違う感性とやらで何をするんだ」
「見せるものが何もないのに、認めてくれだなんて、変なこと言うよな」
「きみはすごく『普通』だ。たったひとつ、そんなとこだけは」

 図星を指された広一は、自分の得意分野を活かし、猛然と小説を書き始める。ここから物語は二転三転し、クラス全体を巻き込むクライマックスへ猛然と突き進んでいく。欺き、出し抜き、挑発し合いながらも、地下水脈のように深いところで通じ合うふたり。むき出しの魂をぶつけ合うさまは、読み手に不思議な感動をもたらすこととなる。

 本作は小児性愛というセンシティブな題材を扱っているが、けして話題性を狙ったわけでもなければ、上っ面を撫でただけでもない。自分の意志ではどうにもできない性的指向を、宿痾のように背負った者がどう生きるべきか。そのよすがとなるお守りのような言葉が、作中に記されている。確かにそれは、波に揉まれる流木のように心もとないものかもしれない。だが、大海原においては、1本の流木に命を救われることもあるだろう。小児性愛者に限らず、広一、さらにはある種の生きづらさを抱える者にとって、救いとなる言葉がここにある。

 ずっしりとしたメッセージを伝えながらも、読み口はあくまでもエンターテインメント。実はこれ、著者が初めて書いた長編だというから恐れ入る。いやちょっと、この作品すごいですよ?

文=野本由起

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