秘密を抱えた教師とイタい高校生。普通になれない2人が生きるには?『ニキ』夏木志朋インタビュー

小説・エッセイ

更新日:2020/9/7

夏木志朋さん

夏木志朋
なつき・しほ●1989年、大阪府生まれ。大阪市立第二工芸高校卒。2015年から大阪文学学校に通い始め、19年に『ニキ』で第9回ポプラ社小説新人賞受賞。「心の機微をエンタメで描いていきたいです」(夏木さん)

 

 初期衝動がページからほとばしっている。抑えきれない情動、生きづらさに窒息しそうな人への祈りにも似たメッセージ──。2019年ポプラ社小説新人賞を受賞したのは、夏木志朋さんの『ニキ』。これが、自身初の長編小説だという。

「高校卒業後、不動産会社で働いていたのですが、まったく仕事ができず毎日怒られていました。ある日、見かねた上司から『どうにもならんから、営業トークのスクリプト(台本)を書いてこい』と言われたんです。それを提出したところ『お前の文章わかりやすいな』と。初めて人に能力を褒められたのでうれしくなり、もっと文章が上達できるように勉強したくなりました。そこで仕事をしながらライターの学校に通い、16年からは文芸に挑戦しようと大阪文学学校に通い始めたんです。その合評作品として、初めて書いた長編が『ニキ』。当時の上司は、私が今こうして小説を書いているとは知らないと思います(笑)」

自分の中の戒律を守れば内なる獣を抑え込める

 田井中広一は、周囲から「変なヤツ」扱いされる高校生。何か話すたびに困惑されたり失笑されたりするが、自分では何がおかしいのかわからない。普通じゃない自分に劣等感を抱きつつも、今の自分のままでいたいと願っている。

 そんな彼の担任を務めるのが、美術教師の二木良平だ。穏やかな好人物として生徒からの人気も高い二木だが、実は社会と折り合うことが難しい性を抱えた人物だ。どうしても大人の女性を好きになれない─小児性愛者なのである。二木の秘密を知った広一は、彼に興味を抱く。自分よりももっと「変なヤツ」で、ずっと激しい「生きにくさ」を抱えているはずの人間に。それにしても、ずいぶんとセンシティブな題材を選んだように思えるが……?

「小児性愛を扱う理由については、これまで『複雑な話になるので』と濁してきました。でも、こうしたモチーフを扱う以上、それは作者として不誠実ではないかという葛藤もあって。けれど、このことについて、本当に理解してもらえるよう話すには、とても丁寧なプロセスが必要になります。理想の手順を踏むなら、私の言葉だと原稿用紙500枚ぶんくらい必要かもしれません。なので、500枚の物語にしました」

 昨今、表現の自由について語られる機会も増え、ネットでは紛糾・炎上するケースも多い。こうした現状に一石を投じたいという思いもあったのだろうか。

「性的マイノリティの中でも、LGBTとペドフィリア(小児性愛)は同列に語れないところがあります。最も大きな違いは、相手の合意を取れるかどうか。LGBTと違い、〝PZN〟といわれるペドフィリア、ズーフィリア(動物性愛)、ネクロフィリア(死体性愛)は、そもそも相手との合意が成立しません。だから彼らのためのバーチャルなファンタジーが存在します。変な話になりますが、『ジョジョの奇妙な冒険』の四部に、女性を殺さないと満たされないという性を持った吉良吉影というキャラクターが登場しますよね。それを読んだ時、彼のようにどうしても抗えない性、でも絶対に実行に移してはいけない性を持った人間が、生きるすべはないだろうかと考えたんです。吉良吉影を救う……というと傲慢ですが、そういう話を書こうと思いました」

 二木の秘密を知った広一は、彼が寄稿する雑誌を万引きする。だが店員に見つかり、担任である二木が呼び出されることに。この出来事を境に、広一は二木との距離を一気に詰めていく。その裏には、「この人も普通じゃない。この人なら自分をわかってくれるんじゃないか」という広一の思いがあった。

「生きづらさを感じていた広一は、無意識のうちに『自分がこの世の中をサバイブするには、二木と同じ方法を採ればいい』と二木の中に自分の手本を見出していたんです。自身の性的指向をクローズにしている人と、発達障害を持つ人には、サバイブ方法として共通したものがあると思いました。例えば自分の性的指向をオープンにしていない同性愛者の女性が『男性のどういうところをセクシーだと思う?』と聞かれても、自分の中にはその答えがありませんよね。周りの女性が『手がセクシーだと思う』と答えているのを見て、『ああ、マジョリティの女性はこう感じるのね』とパターン学習していく場合がある。同じように、発達障害の人も定型発達者の振る舞いを見て真似をすることがあります。そうした共通項から生まれる、広一と二木の関係を物語にしたいと思いました」

「自分のことを認めてほしい」という広一の本心を見抜いた二木は、こう畳みかける。
〈それで、きみは僕に何を見せてくれるんだ?〉
〈見せるものが何もないのに、認めてくれだなんて、変なこと言うよな〉
〈きみはすごく『普通』だ。たったひとつ、そんなとこだけは〉

 痛いところを突かれた広一は、自分を認めてもらうために何をすればいいのか悩み抜いた末、得意分野を活かしてある創作活動を始める。一方二木は「田井中が作品を賞に応募する」と教室で勝手に宣言し、広一を追い込む。ここからは二木逆襲のターン……と行きたいところだが、そう簡単に事は運ばない。終盤に向けてさらなる波乱が起き、クラス全体を巻き込んだ衝撃の展開が待っている。その中で語られるのは、「自分の大事な部分をクローゼットの中に隠して生きていく方法」。それは小児性愛者に限らず、幅広い人々の心を支えるお守りのような言葉だ。

「欲望ってすごく強いものじゃないですか。それほどの衝動を抑えられるのは、自分の中の戒律を守る心、それはある種の自己愛、言い換えれば誇りだと思うんです。特に、二木のように孤独を覚悟して生きている人間は、自分自身に嫌われたらおしまいという思いを持つ人も多いのではと私は考えます。あらゆる状態を自尊心でコントロールできるなんて綺麗ごとは言いません。物理的な解決法を本人が必要としている場合もあります。けれど、二木という人間の中で何が起きているか、それが彼にとっていかに強固なものなのかを、読んでくださった方にはきっと伝わる、ひとつ、このモチーフについて考えていただけるきっかけになると信じています」

物語にすることで多くの人に考えてほしかった

 難しいテーマを扱い、力強いメッセージを描きつつも、読み口はあくまでもエンターテインメント。不思議なすがすがしさを覚える青春小説に仕上がっている。

「実は、初稿の段階では違うラストを考えていました。でも、それではエンターテインメントとして成立しなかったんですね。エンタメにするなら、どこかに〝快〟がないとと思い、今の結末になりました。そもそもなぜ小説という形式にしたかというと、物語というエンタメにすることで、幅広い層がこのことについて考えてくれるきっかけになると思ったから。この話を結末まで見届けてもらうために、エンタメとしての〝快〟で物語を引っ張ろうと意識しました」

 今後も人間を描きつつ、あくまでもエンターテインメントを書いていきたいと話す夏木さん。あこがれの作家は、スティーブン・キングだ。

「映画『ショーシャンクの空に』に感動して原作にも興味を持ち、キングが好きになりました。キングは人間の心を深く描いているのに、全体としてはエンタメ仕立て。その塩梅がとても好きなので、私も伝えたいことを描きつつ、エンターテインメント性で物語を牽引するような話を書いていきたいと思います」

取材・文:野本由起 写真:迫田真実

『ニキ』

『ニキ』
夏木志朋 ポプラ社 1500円(税別)
ずっと、「変」な自分が嫌いだった。口を開けば人から馬鹿にされ、周囲から浮いてしまう。そんな高校生・田井中広一が、担任の美術教師・二木良平の秘密を知る。生徒に人気の二木は、社会と激しく拮抗する性を抱える人間だった──。普通には生きられないふたりが罵り、騙し、魂をぶつけ合う。2019年ポプラ社小説新人賞を受賞した、破格の青春小説。