奇妙な館、密室殺人、読者への挑戦状──。知念実希人の本格ミステリ愛爆発、エッジの効いた超大作が誕生!

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/30

硝子の塔の殺人

著:
出版社:
実業之日本社
発売日:
硝子の塔の殺人
『硝子の塔の殺人』(知念実希人/実業之日本社)

 現役医師としての知見をもとに、医学知識を取り入れたミステリを執筆してきた知念実希人さん。研修医を主人公にした『祈りのカルテ』、病院籠城サスペンス『仮面病棟』、恋愛とミステリを融合させた『崩れる脳を抱きしめて』、ファンタジー要素を取り入れた『ムゲンのi』など、“医療ミステリ”を軸にしながらも多岐にわたる作品で読者を魅了している。

 だが、そもそもデビューのきっかけは、ミステリの大家・島田荘司さんが選者を務める本格ミステリ文学賞を受賞したこと。過去のインタビューによれば、知念さんの中学~高校時代は新本格ミステリの絶頂期だったそうで、浴びるように作品を読んできたという。さらにデビュー後には、不可能犯罪に挑む「天久鷹央」シリーズを執筆。キャラクターものの皮をかぶってはいるが、不可思議な謎を論理的に解決するという点では、れっきとした本格ミステリと言えるだろう。そう、知念さんは“医療ミステリの旗手”であると同時に、“本格ミステリの継承者”でもあるのだ。

 そんな知念さんの本格ミステリ愛が大爆発したのが、新作『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)。円錐状の奇妙な館、連続密室殺人、雪に閉ざされたクローズドサークル、読者への挑戦状、名探偵の推理……。これらのキーワードを聞くだけでも、本格ミステリとがっぷり組み合う本気度が伝わってくる。ミステリを愛する富豪によって「硝子の塔」に集められた刑事、霊能者、小説家、編集者らが、次々に起きる惨劇に巻き込まれるという設定も、ぞくぞくするではないか。さらに、冒頭から何らかの罪を犯したとおぼしき主人公の独白が始まり、叙述トリックのような趣向も。作中には、物理トリック、暗号など、バリエーション豊富な謎が豪勢に詰め込まれている。

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 登場人物が語るミステリ論も楽しい。探偵の碧月夜(あおいつきよ)や塔の主である神津島(こうづしま)は重度のミステリマニアで、隙あらば古今東西のミステリに関するうんちくや持論を開陳する。本格ミステリ作家としての東野圭吾の功績を語ったかと思えば、「『火刑法廷』こそがカーの代表作」「クリスティの『火曜クラブ』は日常の謎の原型」といった話題も飛び出し、ミステリファンなら「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらおうか」と割り込みたくなるだろう。

 新本格ミステリの集大成と言えるほどあらゆる要素を詰め込んだ分、約500ページとボリュームもたっぷり。だが、中だるみは一切なし。魅力的な謎が次から次へと提示されるため、ひとたびページを開いたらもう止まらない。「『硝子の塔の殺人』は飲み物」と言いたくなるほど喉越しがよく、すいすい体に沁み込んでいく。とはいえ、その滑らかさに惑わされると大事な伏線を見逃すことに。「早くこの先を知りたい」「でも、伏線も拾いたい」と自分と戦いながら読み進めることになる。また、登場人物が多いミステリは誰が誰やら混乱しがちだが、この作品では職業と人物が紐づくよう名前がつけられているのもありがたい。例えば、ディクスン・カーを彷彿とさせるミステリ作家は九流間(くるま)、霊能力者は夢読(ゆめよみ)、老執事は老田(おいた)など。今村昌弘さんのミステリでも見られる工夫だが、いちいち「これ誰だっけ」と巻頭の人物一覧に戻ることなく、ストーリーに没頭できる。

 ネタバレを避けるためにストーリーには極力触れずに紹介してきたが、本作を読んで感じるのは、ミステリというジャンルを開拓し、丁寧に耕してきた先人への敬意だ。特に、とあるシリーズに対しては、最敬礼をもって崇敬の念を示しているかのよう。ミステリファン、とりわけ新本格ミステリファンは、本作を読まないという選択肢はないだろう。

文=野本由起

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著:
出版社:
実業之日本社
発売日:
ISBN:
9784408537870