SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」／第7回「マッチングアプリ」

　原因は明白だ。知らない人と待ち合わせをしている事実が私をそうさせているのだ。しかしそれは恐怖や不安の類なんかではないことはわかっていた。

　私の胸中を満たしているそれは、期待であった。

　立ち上がり、無駄に腰に手を当てた。リビングに立ち尽くす私の妄想は止まらなかった。

　え、どうしよう、多分綺麗な女の人だ。

　このシンプルなベージュのケースから推測するに歳の頃は二十五、六。それ以上のことを推測するのは難儀ではあるが、おそらく端麗な見た目とは裏腹にどこか抜けているところもあり、そこが好意的に見られているタイプの女性なのではなかろうか。仕事と私生活のメリハリがきちんと付いており、同僚に持たれている印象と、地元の友達から持たれている印象が全然違う、きっとそういった類の。

　気が付くと私は鏡の前に立って髪型を整えていた。

　待ち合わせのその時間まで、部屋の中をウロウロして過ごしたのだった。

　待ち合わせの時間が近づき私は家を飛び出す。

　高鳴る胸、整えた髪、拾った携帯電話。

　近所のコーヒー屋さんにたどり着いた私に迷うことなく声を掛けてきたのは背の小さいおじさんだった。

　家に戻って腰掛け、電源の入っていないテレビを見つめる。

　窓の外からオレンジに染まった光が差し込んで、私から長い影を伸ばした。

　携帯電話は持ち主の元に戻った。背の小さいおじさんはとても安心した様子だった。さぞかし、困っていたのだろう。本当によかった。

　私はいいことをした。打算的に動いたわけではなく、持ち主が困っていたら可哀想だ、という動機のみで動いた。

　しかし、私は途中で期待した。綺麗な女の人を思い浮かべてしまったのだ。

　その結果、こともあろうに、私は。

　声を掛けてきた背の小さいおじさんを見て、「背の小さいおじさんかよ」と心の中で呟いてしまったのだ。大変安心した様子で幾度も頭を下げ、手土産のケーキまで用意してくれたおじさんに対して、だ。期待で膨らんだ胸が萎んでいくのを感じた私は、その事実を悟られまいと必要以上の笑顔を作り「何よりです！」と、ハキハキと言ったのだった。

　いいことをした私は、さもしい私を発見して、部屋の真ん中に一人佇んでいる。暮れなずむ空の真ん中でカラスが鳴いた。

　この気持ちはなんだろう。

　私の胸の内で背の小さいおじさんと綺麗な女の人が手を繋いでぺこりと頭を下げた。「ありがとうございます」

　私は二人に向かって言う。「何よりです」

　消え入るほどに、小さな声で。