ミステリー好きの高校生・香澄と幼なじみの夜月。ふたりは今晩の宿である「雪白館」へ向かうが…/密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック②

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/4

「では、ごゆるりとおくつろぎください」フロントでチェックインを済ませた後、僕たちはメイドの迷路坂さんに宿泊部屋まで案内された。西棟は三階建ての建物で、僕の205号室はその二階の一番奥に位置していた。真っ直ぐな廊下に面して、201号室から205号室の五つの部屋が並んでいる。僕を部屋の前まで案内すると、迷路坂さんはぺこりとお辞儀をした。「食事は夜の七時になっておりますので、その時間に食堂までお越しください。私と詩葉井の部屋もこの西棟にございますので、夜間に御用のある場合は、何なりとお申し付けください」

 迷路坂さんは相変わらずのさばさばとした口調で言う。本当に夜間に申し付けていいのだろうか? 不安になってくる。

 僕はむむっと唸りつつ、ノブに手を掛け扉を開く。すると、そこには白を基調とした清潔な部屋が広がっていた。従業員が二人しかいないとは思えないほど、掃除が行き届いている。

「いちおう、ルンバを二十台ほど飼ってますので」迷路坂さんが僕の後ろから部屋の中を覗き込んで言う。「なので、掃除はほとんどロボット掃除機まかせです。もちろん、細かいところは人の手が必要ですが、それは私が。これでも掃除は得意ですので」

「そうなんですか」何だか意外だ。

「はい、いちおう世界メイド掃除選手権のファイナリストですから」

「世界メイド掃除選手権のファイナリスト」

 何だか謎の肩書が出てきた。おそらく冗談なのだろうが、もしかしたら実話かもしれない。

「それでは、ごゆるりと」

 迷路坂さんはもう一度そう言って、ロビーの方へと去って行った。僕は荷物を置いた後、さっそく部屋の中を物色してみることにした。

 部屋の広さは十畳ほどで、それとは別にトイレとお風呂と広い洗面所が付いている。家具はベッドとテレビと、冷凍スペースの付いた二段式の冷蔵庫くらい。床は飴色のフローリングで、窓は開閉不可の嵌め殺し。かなりいい部屋だ。迷路坂さんの話では、この部屋は元々ゲストルームとして使われていたらしい。雪城白夜は客を招くのが好きで、西棟のほとんどの部屋がこのゲストルームであるのだとか。

 僕は次に扉を調べてみることにした。

 チョコレート色の一枚扉。重厚な見た目に反して軽く、どうやら一般的な家屋の室内用のドアとしてよく用いられる、フラッシュドアと呼ばれる内部に空洞があるタイプの扉が使われているようだった。木製ということもあり、扉の重さはおそらく十キロ程度だろう。これなら大人が何度か体当たりをすれば、破ることができそうだ。あと、これも迷路坂さんに聞いた話なのだが、この西棟の部屋の扉はすべて同一のもので統一されているらしい。扉のデザインや大きさ、内開きか外開きかについても同じだ。なので自室の扉の構造さえ把握していれば、同時に他の部屋の扉の構造も把握できることになる。ちなみに、この部屋の扉は内開き。だから西棟の部屋の扉はすべて内開きということになる。

 何だかテンションが上がってきた僕は、床に身を屈めて扉の下を覗き見た。扉とドア枠はぴったりと密着していて、そこに隙間は存在しない。いわゆる『ドアの下に隙間がない』タイプだ。これでは密室トリックのド定番─、鍵を扉の下の隙間から室内に戻すというトリックが使えない。それだけで、いちミステリーマニアとしては、何だか、にやりとするのだった。

 扉を調べ終えたところで、僕はそろそろ部屋を出ることにした。夜月とロビーでお茶をする約束をしていたのだ。隣の部屋─、204号室に移動する。コンコンと扉をノックすると、「ごめんよ」と夜月が出てきた。

「まだ、荷解きが終わってないんだ。先に行ってて」

 と彼女は言うものの、それは明らかに嘘だった。夜月のゆるふわの髪の毛には、ぴょこんと寝癖が付いている。どうやら寝ていたらしく、それで身だしなみを整える時間が必要なのだろう。

 僕が寝癖を凝視していると、夜月は少し恥ずかしそうに、そっと髪の毛を手櫛で梳いた。

 仕方なく僕は一人でロビーに向かうことにした。階段で西棟の一階に降りたところで、僕はその姿を見かけた。少し、びくっとしてしまう。廊下の窓辺で一人の女の子が、そっと庭を眺めていたのだ。白い肌と、肩口で切りそろえた銀色の髪。ひと目で外国人だとわかる。しかもその容姿は、人形のように整っていた。

 年齢は僕と同じくらいだろうか? 高校生くらいの見た目だ。

 少女は僕の姿に気付くとにこりと笑った。そして「こんにちは」と流暢な日本語で言う。僕も慌てて「こんにちは」と返した。外国人と話すのは、少し緊張してしまう。

 逆に少女は、まったく緊張を見せずに言う。「ここはいい場所ですね」と笑って、「夏はきっと、いい避暑地になりますね」と世間話を始めた。

 避暑地とか、難しい日本語を知っている。

「ここに来た目的は観光ですか?」と僕も世間話を繋ぐ。すると少女は「はい、観光です」と言った。「この近くにスカイフィッシュが出ると聞いたものですから」

「スカイフィッシュ?」と僕は首を傾ける。すると少女は人差し指を立てて、こんな風に説明してくれた。

「スカイフィッシュとは、空飛ぶ魚のことです。簡単に言うとUMAですね」

「簡単に言うとUMA」

 その言葉に、僕は固まる。

 ……、こいつ、夜月と同じ匂いがするな。

 唐突に現れた夜月っぽさに、僕は警戒心をあらわにする。でも悩んだ末に結局、「素敵ですよね、スカイフィッシュ」そんな風に話を合わせた。「魚が空を飛ぶなんて夢があります」可愛い女の子に好かれたいという思いが、僕に日和見な発言をさせる。

 その甲斐あって、少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。「素敵ですよね、スカイフィッシュ」はにかむように、そう告げる。「それが見たくて、わざわざ福岡からやって来たんです」

「福岡? 海外じゃないんですか?」

「私は福岡在住のイギリス人なんです。五歳から住んでいます」

 なるほど、どうりで日本語が達者なわけだ。

 彼女としばらく話した後で、僕はそろそろロビーに向かうことにした。「じゃあ、また」と頭を下げると、彼女も同じ仕草を返した。そして別れ際に名前を名乗った。

「私はフェンリル・アリスハザードと申します。ここにはしばらく滞在する予定なので、ぜひとも一緒にスカイフィッシュを探しましょう」

 僕はグッと親指を立てる。

「僕は葛白香澄です。ぜひ、一緒にスカイフィッシュを」

『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』をAmazonで読む >

■Amazon「現金チャージ」でさらにポイントGET!


あわせて読みたい